第七章 屍回収、シテマス
顛末、シテマス
昼過ぎに目を覚ましたナインの横では、アデルはボーアからもらった剣を磨いていた。
「坊主、今日はパン屋はいいのか?」
「お昼過ぎで終わりました。金曜、土曜日とか大口の注文以外は半日で終わってます」
磨きおわった剣をかざした視線の先に、ウッゴ君がこっちに向かって歩いて来た。
「あれ? ウッゴ君?」
「んあ?」
その姿がナインの目に入ると、すぐさま”チッ”といやそうな顔に変わった。
「なんだぁフランの仕事か? ったくメンドクセ……」
ウッゴ君に踏みつけられないよう、ナインは起き上がり、あぐらをかく。
手紙を渡されると立ち上がり、大きく伸びをした。
「ちょっくらフランの所へ行ってくらぁ。誰か来たらそう伝えておいてくれや」
「はい! いってらっしゃい!」
欠伸をかみ殺しながらナインは墓地へ向かうも、不意に何かに気がついたように立ち止まった。
あごに指を当て、少し考え込み、”にたぁ~”と悪魔の笑顔を振り向き様、アデルに向ける。
「え? ちょっと? ナインさん!」
そして人夫が担ぐ麻袋のようにアデルを肩に抱え上げると、じたばた暴れるのをかまわず墓地へと走り、フランの店の中にアデルを放り投げた。
「なんで小僧がついてくるのじゃ?」
頭に赤玉キノコのようなたんこぶをはやしながら、店のカウンターの前で無表情で突っ立っているアデルに向かって、フランは
「ついてきたんじゃありません。無理矢理担がれて、ここに投げ込まれたんです!」
”このたんこぶを見てわからないのか?”
と、アデルはジト目でフランを睨み付けた。
「小僧、この前のことといい、しばらく見んうちにいろいろとあったみたいじゃな?」
人生を達観したアデルの様子に、その原因を作った張本人が、”と、えりあ”のことを棚に揚げ、今度はナインに怒鳴りつけた。
「ナイン! どういうことじゃ? まさか面倒だから小僧に仕事を押しつけると?」
「へっへ、まぁそう
初めて自分の名前を呼んだと、今度はナインを睨み付けるが、ナインはまるで預言者が救世主を見つけたような口ぶりで高らかに宣言した。
「聞いて驚け! このアデル様は伝説のギフテッドの中でも《
「ぎふてっど? あんち・えん……?」
アデルは初めて聞いた言葉にどう反応すればいいか迷っていたが、フランはそのナインの言葉を一蹴に伏した。
「なにを言うかと思えば……つまらん! ギフテッドなぞお伽話の
「ほほう、ならこの坊主が、危険度十以上のエリアに入ることができた理由をどう説明するんだ?」
勝ち誇ったように、ナインはフランに向かって尋ねる。
「なにも地図に記されたからと言って、すぐ強力な魔物が現れるとは限らん。今回の騒動も、どうも以前から本の山のみならずその周辺地域、ヤゴの街の上空でもドラゴンらしきものが空を飛んでいたという目撃証言があったみたいじゃ」
「そうなんですか?」
冒険者学園に入学した一年以上前から、アデルはこのヤゴの街に滞在している。
しかし、自分に降りかかってきたドラゴンの糞を含めて、いまいちヤゴの街近辺にドラゴンがいる実感が湧かなかった。
「まぁ一般人にはドラゴンとワイバーンの区別はつかんが、たとえワイバーンでも十分驚異じゃ」
フランの口調が、ほんのわずか狼狽の気配を見せた。
「そ、そこでとりあえず、冒険者庁は過去にあった古代図書館がドラゴンに何か関係があると思ってな。発行して組合とか道具屋に運ぶ寸前の地図をいったん”回収”し、上から本の山のところだけ”二度刷り”をして、”後日改めて”発行したという訳じゃ」
「……ヲイ! 何か今、聞き捨てならないことを、さらっと言ったような気がするんだが?」
ナインは眼を細め、フランを怪しく睨み付けるが
「そうじゃったか? まぁどうせたいしたことではない。文字通りさらっと聞き逃せばよい。まったくつまらんことを気にする奴じゃな。むしろ忘れろ、いや忘れさせてやろう!」
(大人って汚い!)
と、アデルは二人を睨み付けるが、当の二人はそんなアデルの睨みすら、そよ風程度にすら感じていなかった。
「だからな、いったん本の山を立ち入り禁止にして、じっくり調査を行うことになったのじゃ。これが今回の騒動のすべてじゃ。それに小僧は実際、ドラゴンの糞に押しつぶされたから、ドラゴンがいたのは明白じゃぞ」
フランは、”にたぁ~”としたいやらしい笑いをアデルに向けながら言葉を続けた。
「しかしナインよ。小僧を見る限り、さすがのギフテッドとやらもドラゴンどころか、その糞にも通用しない役立たず、ということじゃないのか?」
「あ~あ、《
手をひらひら振るナインに対して、
「いわれなくてもそうします!」
アデルはむっとした顔できびすを返す。
「そう怒るな小僧。せっかくじゃ、儂としては是非お主にもついてきて欲しいんじゃが。いや、むしろこれは仕事、そう”冒険者”としてお主に依頼じゃ。説明は馬車の中でする。屍回収は一刻を争うのでな。報酬はゆうにパン屋の十倍以上はあるぞ!」
”えっ!”と冒険者としての仕事の依頼に、アデルのこわばった顔は少し緩んでいた。
※
「たぁけたことぬかすんじゃねぇ~! これのどこが馬車に見えるんだ!」
馬小屋の前でナインの怒号が響き渡る。
それを落ち着いた声でフランが答える。
「馬車じゃ! ”多少足りなかったり”、”余分な物”がついておるがの」
「多少どころが、”ある物がなくて””必要のない物がついている”じゃねぇか~!」
フランが馬車と断言する物。
確かに後ろは幌馬車だが、その前に連結されている部分には御者用の長椅子がついた《二輪車》がついており、これらを引っ張る二頭の黒い馬には”頭がなかった”。
さらにタテガミや体毛の代わりに全身から”黒い霧”のようなものがゆらゆらと湯気のようにわき上がっていた。
「ちなみに太古の書物によると、こういう二輪車は《けった》と言うらしいな」
フランが二輪車を”ぽん”と叩きながら、さらっとした表情でナインの怒りを受け流す。
「何を訳のわからんことを! こんな物! 誰がどう見ても、《デュラハンの
「……ナインお前、案外細かいところを気にするんじゃな。そのうち禿げるぞ?」
「誰が! おい坊主! おまえも何とか言ってやれ! こんな糞恐ろしい物に乗れるか!」
だが、アデルはむしろ感心したかのように、フランの馬車を口を開けて眺めていた。
「これがフランさんの馬車ですか? さすが、ネクロレディーが乗る馬車って感じですね」
「……なんかお前、意外と大物だな……って前あった馬車はどうしたんだよ? それにこんな御大層な物をどこから? ま、まさか、亡霊の騎士の墓から掘り出したんじゃ?」
「罰当たりなことを言うな! 儂の馬車は本の山の調査隊に貸したんじゃ。あの騒ぎじゃ、当分、屍回収の仕事はないと思ってな」
そしてフランは、なぜかアデルに一瞬目を向けた。
「そうしたら黒い鎧に身を包んだ騎士が契約したいと申しての。冒険者でもなさそうだからレベルがわからんし、担保として預かっておるだけじゃ。あ、自由に使ってよいと本人の承諾は得ておる。担保品を勝手に使うほど儂は悪徳ではないからの」
フランは両手を腰に当て、胸を張りながら、得意げに二つの小山を揺らす。
「あと、その騎士の首はちゃんとつながっておったから安心せい。もっとも、中身があるかは確認しなかったがの……。詳しいことは馬車の中でじゃ! 時間がない、すぐ出発するぞ!」
有無をいわさず、フランは幌馬車に二人を押し込めた。
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