チューチュー、シテマス

「じゃなければ儂がわざわざ依頼などせん。そりゃレベル十になって旅団の団長や帝国騎士に召し抱えられる夢はほとんど消え失せるが、そこに転がっておるろくでなしみたいに、見た目はレベル九で止まっておるが、実力は儂が仕事を頼む実力の持ち主じゃ。レベルで表されなくとも、強い奴なぞ世の中にはごまんとおる。


『どうレベルを上げる、のではなく、どう生きるか』じゃ」


 フランは何か思い出すと、アデルの顔をのぞき込むように語りかけた。

「そういえば学園の卒業式に蒼き月の教団の聖騎士、しかも団長のヴォルフ卿が出席したみたいじゃな? 卿のレベルはいくつじゃった? お主と聖騎士殿とを比べるのもあれじゃが、レベルの数字はあくまで目安じゃ。お主のすべてではない」


 蘇生したての時、フランがアデルにかけた言葉とは百八十度違ってはいるが、それでもフランはいいこと言った感のドヤ顔をアデルに向けていた。


 旅団に入れず、借金を背負わされ、学園を卒業したての頃よりも自分の夢が遠くなったと、アデルは日々感じてはいた。


 それでも工房で干し肉になり、夜明けと共にイネスの店でパンを焼く生活だったが、それでも日々鍛錬を繰り返し、まだ希望の光は消えていないと自分に言い聞かせていたが、フランの言葉でその光は闇の彼方へと消え去っていった。


「フランのいうとおりだ。気をおとすな。それに、

《魔物も逃げ出す、糞まみれのアデル》

って名で知られれば、隊商の護衛とかで引っ張りだこかもしれないぞ」


「すべての魔物で試した訳じゃないから一概には言えんがな。それに実際問題、隊商を襲うのは夜盗や山賊じゃ。こやつらに後れを取っては所詮レベル一のへなちょこ冒険者と言うことには変わりゃあせん。せいぜいその腰の剣で精進する事じゃ」


「そりゃナインさんはいいですよ。レベル九も上げれば……あれ? そのリングって?」

 アデルはふと気がついた顔で、ナインの冒険者リングをまじまじと見つめた。


「お、ようやく気がついたか。見ての通り、壊れているのよ」

 ナインの首にある冒険者リングには『レベル九 戦士』の文字がうっすら見えるが、それ以上の情報は映し出されていなかった。


「指でなぞっても無駄だぜ。本当に壊れているからな」

「でも壊れたなら、冒険者組合か学園に行けば無料ただで交換できるのに?」


「めんどくさいのよ。それに自分のことを他人に知られるのはあまり趣味じゃねぇ」

「そういうものなんですか……」


「こやつがリングを代えないのは己自身がレベル十になっているかもしれないからじゃ。そうなると帝国に登録され、有事の際には招集されるからの。まだ通達は来ていないが、今回の本の山の騒動で、もし何かあればヤゴの街のみならず、帝国中のレベル十以上の冒険者に招集がかかるやもしれん」


 イヌワシやハヤブサ、ハイイログマのみならず、帝国中のレベル十以上の冒険者がヤゴの街に集結する。

 その頃には自分どころか、ヤゴの街がどうなっているか想像もつかないが


(そんなすごい光景……せめて一度は見てみたい!)

とアデルは拳を握りしめ、落ち込んだ心を奮い立たせていた。


「このろくでなしの生き方を真似ろとはいわん。しかしこういう生き方もあるって事じゃ。お主の道は冒険者しかないわけではないからな」


 何となくフランに煙に巻かれた気がしたアデルは、幌の後ろに流れる景色を眺めていたが、やがてゆっくりと馬車が止まった。

 着いたと思い顔を出してあたりを見渡すが、まだ街道の途中だった。


 フランが慌てて馬車から飛び降りて、亡霊の馬の前へ歩いて行く。

「どうしたのじゃ? なに! ……あいわかった、ちょっと待っとれ。小僧! 降りてこい!」

 呼ばれたアデルは馬車から飛び降り、フランの前に行く。


「本当にこいつでいいのか?」

 フランはアデルを指さしながら亡霊の馬に話しかけると、馬たちは頭がない首を”うんうん”と頷き、まるで興奮するかのように体中の黒い霧がよりいっそう沸き上がっていた。


「わかった。小僧、ちょっと手を出してみろ」

 アデルはゆっくりと腕を上げようとするが、すぐ両腕を背中に回し、

理由わけを聞かせてもらえますか?」

とフランを睨み付けた。


 フランは、”チッ”と紫をつけた唇をゆがめると、仕方なく説明した。

「みてのとおりこの馬は亡者じゃ。亡者になったからといって永遠にこの姿でいられるわけではない。生者の精、つまり精神力を糧に存在しておる」


「つまりこの馬たちの腹が減っているから、僕の精を吸わせろ……と?」


「察しがいいな。これがお主を連れてきたもう一つの理由じゃ。こやつら儂の店でお主を見かけた時から気になっておったみたいでな。なに、契約の時と同じじゃ。吸われたからといって寿命が縮むわけでも能力が下がるとかはない、お主ら男が行う、慰みの儀式の後の”けだるさ”みたいなものじゃ」


「おことわりします! それに亡者って強い人の精を好むと学園で習いました。だったらナインさんの方が!」

「だめじゃ! あいつの精を吸うぐらいならドブネズミの方がましだと言うておる」


 アデルは、”そうなの?”と二頭の亡霊の馬に目をやると、そうだと言わんばかりに首を上下に”うんうん”と振った。

「でも……」


「一吸い百ダガネ! なんなら今、百ダガネ金貨で渡してもよいぞ!」

 フランは人差し指を立ててアデルに見せる。

 思わぬ好条件にアデルの目が見開く。


「詳しくは知らんが、男娼を一回買うとそれぐらいするらしいな。一応その値段を目安に考えてみたわい。しかし歓楽街の男娼は百ダガネ丸々もらえるわけではない。大抵の男娼はお主みたいに借金を背負っておるのがほとんどじゃからな。実際もらえるのはせいぜい飢えぬ程度の飯代程度じゃ。どうじゃ! そう考えれば悪い話ではなかろう?」


 男娼と聞いてアデルの脳裏には、歓楽街で出会った花売り少年が思い浮かんだ。

(あの子も借金を背負っているのかな? 僕はこうして外に出られて、何とかご飯が食べられるだけ、まだましな方なのかな?)

 アデルがそう思いながらうつむいていると、不意に後ろから羽交い締めにされた。


「よし! でかしたぞナイン!」

「こんなおもしろいこと見逃せるかよ!」

「待ってください! 待って~! まだ心の準備がぁ~!」


 じたばた暴れるアデルの体をナインは担ぎ上げながら二頭の馬の前にやる。

「よし! まずはおまえ! 右腕じゃな、さあ吸え!」

 向かって右側の頭のない馬の首がアデルの右手に近づく。

 軽くかじられたかと思うと、指先からゆっくりと感覚がなくなり肩からだらりと腕が下がった。


「よしお主は左腕じゃ、急げ!」

 もはや暴れる気力もなくなったアデルの左手は再び軽くかまれる感触を感じ、左腕もまた肩からだらりと垂れ下がった。


(あ……れ……)

 今度は肩だけにとどまらず全身の感覚がなくなり、睡魔にも似た眠気はアデルのまぶたを持ち上げる気力すら奪っていった。


「ん? おいフラン! こいつ動かなくなったぞ。まさか死んだんじゃねぇのか?」

「ん、そんなはずは……」

 フランはアデルの顔をのぞき込むと、


「この馬鹿馬め! 肩までと言ったのに全身吸い尽くしたな!」

 アデルの左手をかんだ亡霊の馬に怒鳴りつけた。


 知らないとばかりに”つん!”と顔、いや、首をそらしているが

”ぼよよん!”

と左の馬は明らかに右の馬よりも二回り以上、太っているのが誰の目にもわかった。


「先を急ぐぞ。小僧は馬車に放り込んでおけ」

「やれやれ、世話が焼けるぜまったく……」

 二人は馬車の床にアデルを寝かせると、二頭に命令し馬車のスピードを上げさせた。


「気がついたか?」

 口元に液体の感触を感じた後、アデルのまぶたはゆっくりと開いていった。


 頭の後ろからは柔らかく暖かい肉の感触を感じ、鼻の穴からは甘い女性の香り、そして目の前には二つの肉の小山とその山の間からはフランの顔が覗いていた。


「まだ動くでない。あの馬鹿馬がお主の体の精をほとんど吸っただけじゃ。命に別状はない。精神力ポーションを飲ませたからじきに体も動くじゃろ。もうすぐ着くからそれまで休んでおれ」


 小さい声で優しく話しかけるフランの声と柔らかい膝枕の感触は、幼い日、母親の膝枕で眠った記憶をアデルに思い出させた。

 そして、女性の暖かさに包まれるのを感じながら再びゆっくりと目を閉じた。

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