覗き願望、シテマス

「着いたぞ。起きろ小僧!」


 フランの声で目を覚ますアデル。

 幾分だるい体を起こすと、馬車を降りあたりを見渡した。


 馬車が一台やっと通れる道の途中で止まっており、道の両側には木々が生い茂っていた。

 フランが指し示す場所の地面は獣道か、地元の猟師が使っているのか、幾分地面が踏み固められていた。


「ここからは馬車が通れんから歩きじゃ。なに、そう遠くはない」

 フランは【縮小】の魔法で御者のゴーレムごと馬車を縮めると【防御】の魔術で包み込み、胸の谷間へと押し込んだ。


「依頼を受けたお主はいっぱしの冒険者じゃ! ここからは自分の身は自分で守れ! じゃからと言ってもわしらは”仲間”じゃ、何かあったらすぐ知らせるのじゃ。一人だけ逃げたら八つ裂きにして魂ごと消滅してやるぞ!」


「は、はい!」

 フランの厳しい忠告にすっかり目の覚めたアデルは、鍛冶屋のボーアからもらった剣を抜くと、緊張した顔をし鋭い目つきであたりを見渡した。


 そんなアデルの姿に、ナインは眼を細める。

(……へっ、顔だけはいっぱしの冒険者になってやがる。ついこの前までは俺の脚に泣きながらすがっていたくせによ)


 そして、そんなナインを、フランは笑みを浮かべて眺めていた。

「ん? なんだよ?」

「……なんでもじゃ」


「ほほぅ? ようやく俺の魅力の虜になったってか? 風呂場での慰みの儀式もひょっとして俺のことを想って……」

「今度は雷雲いかづちぐもごと、お主の頭上に落としてもよいのじゃぞ……」

 

 これも経験だからと、アデルが先頭を、真ん中をフラン、最後尾をナインが歩いていた。


「ナインさん武器は? それに鎧も?」

「俺を甘く見るんじゃねぇ。レベル九の冒険者にとって、危険度レベル三エリアなんてのはな、ゴロツキ共が集まる酒場よりも安全な場所なんだよ。それに、魔物が出てきたら奴らに最適な武器をな、すばやく袋から出してお前が一歩踏み込むより速く蹴散らしてやるからよ」

 両手を頭の後ろで組みながら、ナインはあたりを見渡していた。


 フランはエアリーが契約に使った水晶玉をかざしながら、アデルに進む道や方向を指示していた。

「おい! 空を見てみろよ」

 ナインが指さす空には、芥子ケシ粒みたいな数羽のダガスが空を周回していた。


「えっと、ダガスってあんなに高く飛ぶものでしたっけ? だとしたら弓矢や攻撃魔術でも届かないみたいですけど?」

 学園で教わったダガスの習性を思い出しながら、アデルは二人に尋ねた。


「いや、おそらく小僧の放つ糞の匂いのせいじゃな。木に止まりたいのにお主がおるからなかなか降りられないんじゃ。やはり儂の思惑通りじゃな!」

「な、やっぱりこいつを連れてきてよかっただろ。さすが天下のナイン様だな!」

 二人はさも自分の手柄のように胸を張り、鼻を高くしていた。


「ん、ナインさん! あれ、ラガスの死体です。あ、あっちにも!」

 アデルが指さした場所にはラガスの死体がいくつも転がっていた。

 ナインは死体に近づき観察すると、


「首を切っていないところを見ると、案の定、袋叩きにあって逃げ出したか? 坊主! 代わりに首を切っておけ。死体だが初めて獲物を斬るんだ、慎重にな。手ぇ滑らせて手首を落とすんじゃねぇぞぉ」

 ナインは、語尾にからかいの匂いを含ませたしゃべり方で、そうアデルに命令した。

 アデルは、ナインから渡されたズタ袋を受け取ると、剣でラガスの首を切り、血を抜いて袋の中へ納めていった。


 獣道の先々で見つかるラガスの死体の首を切りながら、

「すごいですねエアリーって人は。傷を負いながらでもこれだけのラガスを倒すなんて」


 アデルは灰色熊の団員のような屈強な戦士の姿を想像していたが、

「あぁ、あいつは蒼き月の信徒でな。簡単な治癒の聖法なら使えるんだ。おそらく傷を治しながら逃げていったんだな」

 まるで見てきたように語るナインに、これが冒険者の経験なのかと見直していた。


「え? それじゃゆくゆくは聖騎士に?」

「そんな簡単じゃねぇよ。ま、神殿兵ぐらいにはなりたいとかぬかしてたな」


 その言葉にアデルはさっきフランが言ったことを思い出した。

 レベルより生き方だと。

 冒険者という職業を自分を鍛える道具、己の目標への通過点としている人がいる。


 『じゃあ自分は?』 


と、アデルは心の中で自問する。


 これまで漠然とレベル十を目標にして、つい今し方、その夢が絶たれたかもしれないアデルにとって、エアリーが進もうとしている道は、未だ道すら見えぬ未来を考えるきっかけにもなっていた。


「そう思い悩むな小僧。お主はまだ若い。それこそヤゴの街の広場に交わる街道のように、道も未来もたくさんある。そして考える時間もある。あきらめたりしなければな」


 出会った時からまるでアデルの心を読んでいるかのように、フランは水晶玉を見つめながら悩める若者に声をかけた。


「俺たちは冒険者だ。今という運命に抗い、己の未来を決めることができる唯一の存在だ。女の風呂を覗きたければな、結界と言う目の前の障害を己のすべてをかけて突き破って進入し、心置きなくじっくりと堪能する。ってそんなたいしたモンでもねぇけどな」


 自分で言って恥ずかしくなったのか、ナインが”へへっ”と苦笑をする。

 つられてフランも苦笑する。

 お風呂を覗かれても魔法で撃退しないのは”そこまでして覗きたい!”、というナインの心意気にフランの何かが触れたのかもしれない。


「……僕も、フランさんのお風呂を覗いてみようかな?」


 思わず出た言葉にアデル自身

”あっ!”と口を押さえ、

”ヘっ?”っとナインは驚くが、


「おう! 遠慮なくかかってこい! しかし儂の結界は一筋縄ではいかんぞ! だがそれを突破できたら、儂のすべてをお主に見せてやる! なんなら言われるままの姿で、儂の慰みの儀式を存分に堪能してもかまわんぞ!」


 冗談なのか本気なのか、フランは水晶玉を見つめたまま凛とした声で応えた。

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