闇堕ち、シテマス

 イヌワシの説明は続く。

「表に出ているのは先日会議で申したとおり下級、中級と呼ばれる魔物達であるが、いくつか結界が張られている為、その中により強力な軍勢が隠されていると見ていいだろう」


「でもさ、だからといってこのまま敵が動くのを待っているのも性に合わないね。それに敵が動くって事はさ、万全の準備が整っているって事だよね?」

 三毛猫の団、女性団長で白の皮鎧を着た、《シロゲ》の言葉にイザヨイが提案する。

「まず一戦交えて、それで敵の出方を見るべきでは?」

「しかし、寝た子を起こすことになりはせんか?」

 青狸の団の団長、《ブンブク》は慎重論を唱えた。


 そんな堂々巡りの評定ひょうていを繰り広げる中、

「ならば私の団で、魔物の軍勢に対して空から牽制してみましょうか?」

 白に紫で彩られた鎧を着た白燕しろつばめの団の団長、《オジロ》がイヌワシをはじめ皆に提案をする。


「オジロ殿、貴団の勇名は聞いております。その電光石火の進撃は我が隼の団に勝るとも劣らぬと……。しかし、ヤゴの街に渡ってきた貴団が義勇隊に参加して下さっただけでも僥倖だというのに、危険な任に尽かせては我がヤゴの街の旅団の恥。斥候や牽制は我が梟の団に任せて、どうか最初に申したとおり、予備兵力として控えて下さい」


 白燕の団は特定の街や都にアジトを構えず、仕事によってアイシール地方を渡り歩く旅団である。

 そんなイヌワシの言葉にもオジロの決意は変わらなかった。

「なんの、流れ者の我々を毎年温かく迎えて下さるヤゴの街の皆様に、ここで恩を返さぬことが我が白燕の団の名折れ。それに、梟の団殿は貴重な戦力にもなり得ます。空を飛ぶことしか能がない我々の方がより適正です」


 オジロのまっすぐな目にイヌワシは説得をあきらめた。

「わかりました。ですがあくまで斥候です。深追いせず何かあった場合はすぐさま退却して下さい。これは恥ではありませぬ」

「ハッハッハ! もとより逃げ足だけはアイシール地方一と自負しております。どうぞご安心を」


「オジロ殿、我が梟の団で使っている炸裂魔玉さくれつまだまや煙幕玉を差し上げます。もしもの時は遠慮なくお使い下さい」

「おお! これはありがたい」


 ――炸裂魔玉とは魔力によって点火し、爆発する玉である。

 玉が大きく、また付与した魔力が多いほどより派手に爆発し、また火の精霊を使っていない為、水中でも爆発する。

 ちなみに、ウッゴ君の体の中にもフラン謹製きんせいの炸裂魔玉が敷き詰められており、これはウッゴちゃんの魔力の炎によって導火線に火がつき、その炎によって大爆発を起こす代物である。

 ちなみに、その威力を最も知っているのは、ウッゴ君のパンをスろうとしたナインであった――。


 そして魔法師ラクルムも助力する。

「オジロ殿、我が風の術【ねばかぜ】も付与いたします。魔物の中には太古の武器、《小鉄筒きかんじゅう》、《中鉄筒ばずうか》を使う輩がいると聞いております。”世界の元素構成が違う為”、太古の伝承にあるほどの威力はありませぬが、オジロ殿の速さでは例え小石が飛んできても致命傷になり得ます。それにこれは【爆炎】などの熱風をもある程度防ぐことができます」 

「ありがとうございますラクルム様。いやぁ、ここまで至れり尽くせりだと何か武勲の一つでも持って帰らないと割に合いませんなぁ、ハッハッハ!」


 魔導研究所の広場では物資を満載した娑婆袋が、ウッゴ君、ウッゴちゃんの手によって”かたぱると”に乗せられ、義勇隊へ向けて次から次へと蹴飛ばされていた。

 誰もいない為、フランとウェントが互いにいみなで呼び合う。


持国天シュトラ、これが最後の娑婆袋じゃな」

「はい、ヤーマ様にもご足労おかけしました」

「なんの、元はといえば儂の上司がアデル小僧に”食べられた”ことに端を発するからのう。あの”糞野郎マイトレーヤ”から上司共々、小僧を護る為じゃ」


「本当ですね……上司の尻ぬぐいをするのはいつも、私たち下っ端……今回私が赴いたのも、上司インドラハ様から押しつけられて、四精の長四天王の中でのいんちゃん(じゃんけん)大会に負けたから……本当、《貧乏くじ》って二つ名、私にぴったりですね」

 ウェントの顔や体が再び闇に包まれる。


「おい! 一人で奈落へと堕ちるんじゃない!」

「そうですね。でもどうせ堕ちるならいっそのこと……今回の騒ぎの元凶、あの”糞野郎”を道連れにして奈落へ……」

「だ・か・ら! 闇に堕ちるのはやめい! というておるのに!」


 気を取り直したウェントは”かたばると”に乗せられた最後の娑婆袋の上に立つ。

「では”糞共冒険者”をよろしく頼む。足りない物資があったら【ささやき】で知らせてくれ」

「かしこまりました。ですが、”あの御方”は……」

 ウェントが視線を向けた先は、諱を持つ者だけが見える本の山の上……に置かれた饅頭のごとくそびえ……盛り上がる白き鳥であった。

「安心せい。あやつが見ているのは我が上司、そして小僧だけじゃ。先日は、《眼》が鬱陶しくてゲ○を吐いたが、気にする必要はなかろう」


「いえ、どうせならいっそ我ら共々、竜の咆吼炎サタァンのゲ○でアイシール地方を蒸発……」

「いい加減にせい!」


 闇の瘴気を取り払い、再び気を取り直したウェントは

『魔導研究所、風のおさウェント。して参ります!』

 ウェントの詠唱によって”グワアァァ!”と車輪が回り、ウェント共々娑婆袋は東の園へ向かって蹴飛ばされた。

 それを見送るフラン。

「あ、しまった! 儂も一度”おぺれいたぁ”の真似事をしてみたかったんじゃ。最後ぐらい儂が詠唱すればよかったのぅ……まぁ、追加の物資を送る時にやればよいか」

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