おぺれいたぁ、シテマス

 魔導研究所をあとにしたフランはウッゴ君、ウッゴちゃんを連れ立って、最初に北門の見回りへと向かう。

 そこでは衛兵や冒険者達ががなにやら浮き足立っていた。

「ん? どうしたのじゃ? なにかあったのかや?」

「あ、フラン様! 実は……」

 約一年後、門のそばで野営するアデルを見守っていた年配の衛兵が、北門へ顔を向ける。

「イタチ君なんですが、結界の外でああして椅子に座っているんです」


 ――すでにヤゴの街全体には半球状の結界が薄く張られており、各教団の紋章がシャボン玉の上にただよう虹みたいに、結界の表面上を泳いでいた。

 結界が張られているといっても、各門には神官が待機しており、もし街の内外へ出入りしたい住人や商人が来ると、門の部分だけ結界を解除していた――。


 その結界の外でイタチはロッキングチェアに足を組んで座り、帽子で顔を隠し居眠りしているように見えた。

「……ふむ、そうか」

と、フランは呟くと門をくぐり、結界を解除して外に出ようとするが……

「あ、お待ちを!」

「どうしたのじゃ?」

「イタチ君が

『ここはさ、俺っちがまもるからさ、安心してさ。だからさ、邪魔しないで欲しいんだわさ』

と言っていたんですが……」

「なぁに、ちょっと話をするだけじゃ」


 フランがイタチの椅子に近づくと、フランのような魔導師にしか見えない、半径がイタチの身長ぐらいの円柱状の結界が、イタチを椅子ごと包み込んでいた。

 かまわずフランがその結界に足を踏み入れた瞬間、

「ぴんぽ~ん! いらっしゃい! 大丈夫さ……ちゃんと見張っているからさ」

と、イタチが話しかけてきた。


(ふん! へたくそな【姿変化】かけおって……いや、元々”こいつ”の《能力》なのか?)

 フランの目に写る、ロッキングチェアの上に置かれた”物”。

 結界に入った瞬間に聞こえてきたイタチの”声”も、ここから聞こえていた。

 それは逆さ傘の盗難リストにあった、黒ネコの置物、左手を上げた太古の遺物、黒い招き猫であった。


(こいつに”化けさせて”自分は東の園か。さらに白き鳥に対する嫌がらせでネコの置物か?)

 フランは本の山に目をやる。

 当の白き鳥は春の陽気にその体はいっそう膨らみ、くちばしの根本にある鼻の穴から提灯を何度も膨らませて、体を揺らしながら居眠りをしていた。


(まったく、いい御身分じゃな。ワシや腐れ女がいるこのヤゴの街に小僧がいるから、かえって安心しておるのか? ん? ……ひょっとして、お主。ラハ村でもずっと下を向いて眠っておったんじゃあるまいな?)

 フランは薬指を招き猫に向けると、【姿変化】と【声写こえうつし】を唱えた。


「フラン様、どうでした?」

「なに、居眠りしておるだけじゃ。あやつもなんだかんだでレベル十。半人前琥珀の騎士アンプロ・ナイトの審査を受ける資格を持つ冒険者じゃ」

 笑顔で話すフランだが、次の言葉から若干険しい顔となる。

「北の門は東の園に近いからな。もし魔物の軍勢が押し寄せてきたら下手に抵抗せず、すぐさま門を閉じ、門前に埋めた炸裂魔玉を爆破させ、助けを呼ぶのじゃ」


 ――ヤゴの街に限らず街や都の門や左右の塀の前には、魔物や蛮族の襲撃時用に地面に炸裂魔玉が埋められている。

 門のそばの詰め所にあるレバーを下げることによって点火し、門に近い順に地面が爆発して下級魔物程度なら容易に吹き飛ばすことができる。

 だが衛兵でも扱える物の為、炸裂魔玉の威力は大軍を前にしては微々たるモノであり、あくまで敵をひるませ、援軍が門に到着するまでの時間稼ぎにしかならない――。


「し、しかしイタチ君があそこに?」

「それぐらいの修羅場はあやつもくぐっておる。あと、あやつが『逃げろ!』と叫んだら迷わず逃げるのじゃ!」

「は、はい! 了解しました!」


 北の門を後にし、各門や街の様子を見回るフラン。

 結界に包まれているとはいえ、住人の顔からは不安の色がにじみ出ていた。


 ……ただ一人を除いては。


 その人物に向けてフランはジト目で見下す。

「……たく、非常事態中だというのに、幸せそうな顔で眠りおって!」

 フランが見下す者。

 ヤゴの街の中央広場、別名、噴水広場の端にござを敷き、大いびきで眠っている”ろくでなしのナイン”であった。


 ジト目を向けながら、フランがあごをしゃくり上げると、ウッゴ君とウッゴちゃんが過去にフランから与えられた命令通り、ナインを踏みつぶそうとするが

「ん!? ちょっと待て!」

 何か思いついたようにフランは制止の命令を下すと、ナインの寝顔に顔を近づけ

”にたぁ~”

と、妖しい笑みを浮かべた。


 にやにやしながら、再び魔導研究所へと足を向けるフラン。

 その足取りはどことなく軽やかで、時折鼻歌がこぼれていた。

 その後ろを”わっせ!””わっせ!”と、ウッゴ君とウッゴちゃんが、寝ているナインの体を頭の上に持ち上げながら後をついて行く。


 再び魔導研究所の広場に着くと、ウッゴ君とウッゴちゃんは、寝ているナインの体をけったの上に”そぉ~っ”と置いた。

 さらにナインの両腕両脚を伸ばし、その体を四つのけったの上に収める。


 フランは”コホン”と軽く咳払いすると【かたぱると】の詠唱、いや、《冒険戦士 ごぉれむふぁいたあ》》の”おぺれいたぁ”の真似事を開始する。


『かたぱるとそうちゃくかんりょう。もくひょう! ひがしのその! しんろおーるくりあ! なぁに、おぬしならやれる! ではけんとうをいのる!』


 そして魔導杖の先を東の園に向けると


『ろくでなしのないん! いっけぇぇ~~!』


 フランの掛け声と共に、八つの車輪が”ドギャギャギャァ!”と盛大に回転し、けったの上に乗せられたナインの体が勢いよく東の園へと蹴飛ばされた。

 ”ポ~~ン!”と空へと放り出されたナインの体が、やがて地平線の彼方へと消えていき、すっきりした顔でそれを見送るフラン。


「義勇隊として戦えとは言わんが、あやつがヤゴの街にいると、かえってやっかい事を増やすだけじゃからな。アルゲウス殿の小姓こしょうとしてこき使われればよかろう」


 再び見回りをしようと一歩足を踏み出したところで、フランの体が固まった。

「あ、しまった……【風の靴】をかけるの忘れた」

 そして少女のような笑みを浮かべる。

「……まぁ、いっか!」 

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