妄想、シテマス

 ナインの体は丸太が転がるように、空をゆっくりと回転していた。

 夢を見ているのか、両腕両脚をクロールや平泳ぎのように動かしたり、鳥のように羽ばたいているが、そんな幸せな時も長くは続かなかった。

 【風の靴】がない為、ナインの体は東の園の手前の森で失速し、木の枝をへし折りながら落ちていった。


”ドスゥゥン!”

「ぐあはぁ!」


 木の幹に向かって糞をぶち当てたごとく、ナインの体は幹にへばりつくように腹からぶち当たり、そのまま地面へとズリ落ちた。

”グウアァァ! ウォエ~! ハァハァ!”

 ゲ○をぶちまけるほどの叫びを、唾液と共に地面に吐き出すナイン。

「な、何が……あ! ウッゴ野郎! またてめぇが俺の腹を踏んづ……ん? どこだここは? 森?」


”ドスゥゥン!”

 会議が終わりテントから出てきた団長達をはじめ、義勇隊の耳にもナインが木にぶち当たった音が聞こえてきた。

 一瞬にして緊張に包まれる義勇隊。


「なんだ? 今の音は? フクロウ!」

 音も気配も立てず、フクロウがイヌワシの斜め後ろに控える。

「どうやら我が隊の後方の森から聞こえてきました。調べてきましょうか?」

「うむ、頼む」


 イヌワシからフクロウへの命令を、アルゲウスの声がさえぎった。

「まぁまぁ、オジロ君も言っていたように、フクロウ”君”は貴重な戦力じゃ。分散させるのも得策ではなく、あるいはそれが敵の狙いかもしれぬ。ここはワシがちょっくら散歩……いやいや、鍛錬がてら見てくるわい」

「アルゲウス様、よろしいのですか?」


「なぁに、軍師なんてもんは会議が終わればすることがないでのう。いざとなればワシ一人で殿しんがりを努めてみせるわ! わっはっはっは!」

 豪快に笑う闘将の言葉に、イヌワシを含め義勇隊の顔に笑みが戻る。

「ではよろしくお願いいたします」

 イヌワシはアルゲウスに向かって、恭しく礼を捧げた。


「やれやれ、うちのヴォルフしかりイヌワシ君しかり、なぜああも堅っ苦しいのかの。偉大なる蒼き月の大聖堂におもむいた時よりも肩がこるわい」

 首を左右に振り、肩をコキコキと鳴らすアルゲウスであったが、やがてその顔は闘将へと変化へんげする。

「……たしかここらへんじゃな。【気配消し】!」

 蒼き月の聖法によって、アルゲウスの体は蒼白の光で包まれた。


 腹が落ち着いたナインは木に登り、あたりを見渡す。

「ん? あれは? 【遠目】!」

 薬指をこめかみに当て、遠目の術を己の目にかけて、より遠くを見渡す。


「……イヌワシ! あれはハイイログマか? トガリにブンブク……ん? シナンもオシメサティちゃんもいやがる。……ってことは、あれが広場で募集していた義勇隊ってやつか!? ……やれやれご苦労なこって」

 ナインは木から下りようとするが、ふと体が固まり、その口は”にたぁ~!”と妖しい笑みを浮かべた。


「ん~? どうせならあいつらの戦いぶりを、特等席で高みの見物としゃれ込もうかぁ~。普段、俺のことを馬鹿にしている奴らが、魔物にボロボロにされ逃げ惑う姿を見るのもまた一興だからな」

 斜めに構えるナインの脳裏に、ヤゴの街の人々の笑顔が思い描かれる。


「……街には蒼き月の聖騎士団長ヴォルフ”さぁん”がいるし、フランもいるからな。最悪、パン屋の女将が”現役復帰”すれば、あの程度の魔物なんて一瞬で片がつくだろう」 

 そして今度はある企みと願望がナインの脳裏にひらめいた。


「フフッ! どうせならあいつらがぼろぼろになった所に颯爽さっそうと現れて魔物を蹴散らすのも悪くないな。そうすればイヌワシやハヤブサは俺を尊敬するし……いや、それはどうでもいいか。オシメちゃんはシナンにやるとして、俺様を見直した女冒険者や魔術師達をはべらすのも悪かぁねぇな~。ヒャッ! ヒャッ! ヒャッ!」

 大勢の女性冒険者や女性魔術師から奉仕される、歓楽街での特上コース以上の歓待を妄想したナインは、木の上で気持ち悪い雄叫びを上げていた。


「おいナイン。お前こんなところでなにをしておるんじゃ?」

 突然のアルゲウスの言葉に、ナインは思わず木から落ちそうになる。

「じ、爺! いつの間に! そうか、【気配消し】か!?」

「お前、確か義勇隊には参加していなかったよな? 何でここにおるんじゃ?」


(まずい、俺がここにいることがわかればイヌワシやハヤブサはともかく、ハイイログマは俺様を義勇隊に引きずりこもうとするだろう。そうなったらシナンの手前……)

 ナインは唇に人差し指を当て、”シ~!””シ~!”をアルゲウスに向ける。


「ん? なんじゃ?」

 アルゲウスは怪訝な顔をするが、すぐさまナインの意図を(都合のいいように)解釈した。


(そうか、ナインもワシと同じで堅苦しい空気は苦手じゃったな。街にはヴォルフ、義勇隊はイヌワシ君がおるから、居づらくなってここにおる訳か。……ん? ということは、無償で一人義勇兵になるという訳か? ……ふむ、ナインもなんだかんだで街の事を考えておるのじゃな)

 アルゲウスは”にっ!”と白い歯を見せるとナインのいる木から離れるが、途中

”ゴン!”

と、蒼白の小手に包まれた拳で別の木の幹を叩いた。


 本陣に戻ったアルゲウスをイヌワシが出迎える。

「アルゲウス様、いかがでしたか? なにやら変な声や音が聞こえましたが?」

「なぁに、たいしたことではない。ラガスが地面をのたうち回っておったわ。どうやらワシらに驚いて木にぶち当たったのだろう。とどめは刺しておいたから安心するがいい」

「そうでしたか。ご足労をおかけしました」

 イヌワシの礼に続き、ハイイログマの咆吼が轟いた。


「鳥の魔物であるラガスが木にぶち当たるとはな。ラガスの中にも”ろくでなし”がいるんじゃな! ぐわっはっはっは! 」

 当たらずとも遠からじな、ここにいない誰かさんを揶揄したハイイログマの咆吼に、今度は義勇隊の間で苦笑がわき起こった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る