すまほう、シテマス

 そんな隼の団と女性魔術師が俗に言う”キャッキャ! ウフフ!”している頃……。


「糞! 糞! 隼の団の野郎め! いちゃいちゃしやがって!」

 ハイイログマの団、特攻隊副隊長のヒグマが、バリケードをハンマーで地面に打ち付けながら愚痴を吐き出していた。

「仕方ないっスヨ。隼の団さんのおかげで、魔術師さんがあんなにも義勇隊に参加してくださるんですから……てかヒグマさん。間違って俺の頭をハンマーでぶっ叩かないで下さいよ」

 八つ当たりでハンマーを打っているヒグマに対して、バリケードを押さえているアナグマが注意する。


「ふん! 隼の団がいなくてもなぁ! あんな魔物の軍勢、俺一人で!」

 巨大なハンマーを片手で持ち上げながら太い腕を見せつけるヒグマの背中を、あどけない少女の、しかし氷のように冷たい声が突き刺さる。

「ほう、威勢がいいなヒグマ”さん”。”きみ”の働き、期待しているよ」

「あ、あねさん! いつの間に!」

 音も気配も立てず、ヒグマの後ろにはハイイログマの妹で、特攻隊隊長のクマデが立っていた。


「ん? オトメ、あれは何だ? なんか……カタツムリの目みたいに上に伸びた筒は?」

 黒薔薇の団の団長イザヨイが、岩陰やバリケートの前に設置された、先端が曲がった細長い二本の筒、太古の望遠鏡を見て、白百合の団、団長のオトメに尋ねる。 


「ラクルム様がおっしゃるには、太古の装置で【遠目】の魔術と一緒の効果があるとか? あの中に鑑定士が使う眼鏡が何枚も入っているらしいわよ。どうせなら覗いてみればいいじゃない」

 イザヨイが左の眼帯を外し、筒をのぞき込むと……

「おお! 敵の本陣がよく見えるな。しかし、前から思っていたんだが……」

「どうしたの?」


「今、向こうの魔物の中にもかなりの数がいるんだが、いつもガラスの板や鉄の板をずっとのぞき込むというか……見つめているんだよな。時々触ってもいるし、ありゃなんだ?」


「アルドナ様がおっしゃるには、名前は確か……《吸魔宝すまほう》って言う装置みたい。あの装置同士で【ささやき】魔術ができて、太古の娯楽や知識も、《太古のからくりぐも》からあの板に投影されるみたいよ。」

「魔物もよくわからんな。あんな太古の装置を持っていたところで、いまさら使えるわけないのにな……」

「カラスも光る物を集めるみたいだし、それと一緒じゃないかしらね」


「……あ~目が疲れる。さすがにこれを覗きながらいくさはできぬな。やはり【遠目】の魔術でないと……」

「でも、その分の魔力が節約できるから、痛しかゆしね。あと、いつものように、魔物達が持っているその《巣魔報すまほう》を回収できたらして欲しいと、アルドナ様より仰せつかっているわ。あれで太古の歴史を調べるんだって」

「うむ、心得た!」


「ん? おいブンブク! イタチはこっちには来ていないのか?」

 緑鼠みどりねずみの団の団長、トガリが、青狸の団の団長、ブンブクに尋ねる。

「あ~なんか北門を護るっていってたな~。俺一人がいても足手まといになるとか」

「そうか……まぁ、アイツもいろいろあるからな」

「……だな。でもよ、義勇隊に参加しているなら同じ仲間には変わりはないさ。終わったら久々に飲みに行こうぜ! もちろんイタチも誘ってな!」

「ああ、こんないくさ、さっさと片付けちまおうぜ!」

 そう言いながらもブンブクやトガリは、やや寂しげな顔でヤゴの街の北門の方角を眺めていた。 


 ――なおイタチが監査官の犬だということは、高レベルの冒険者の間での公然の秘密であるが、なにもイタチが特別というわけではない。

 イタチに限らず冒険者という者は仕事によっていろいろな姿、そして”顔”を変えなければならない。

 ある時は重装備に身を包み、己が選んだ最高の武器で勇ましく魔物と戦う戦士。

 またある時は礼服をまとい、最低限の武器を装備し、貴族や役人のパーティー会場の護衛を。

 そしてまたある時は盗賊ギルドの”仕事”の手伝いをする為、お尋ね者まがいの依頼をする時もある。

 ……しかし、イタチの人を操る力を知る者は、ヤゴの街でもごくわずかである――。



 各冒険者や魔術師が設営している最中、本陣のテントの中では、隊長のイヌワシをはじめ、軍師のアルゲウス、各旅団の団長、そしてウェントが、テーブルの上に置かれた東の園周辺の地図を眺めていた。


 最初にウェントが口を開く。

「実は私どもの不手際で申し訳ないのですが、逆さ傘の倉庫より、太古の発掘品が盗まれたとの報告がありました」

 テントの中の空気が一瞬ざわめき、皆はウェントの次の言葉を待つ。


 ウェントはテーブルの上に盗難品が書かれた紙を置く。

「まだ研究中の物である為、どのような性能や効果があるかはわかりません。しかし、少なくともゴーレム二体については気をつけた方がよろしいでしょう。身の丈は私たちより十倍はあると聞いています。さらに杖も一本盗まれました。杖といえどもゴーレムが振り回せば棍棒としても十分驚異です」


「ふむぅ。こりゃ、ますます闇の魔術師の線が濃くなってきおったわ。いや、逆さ傘の倉庫から盗めるほどの者……魔法師、下手したら魔導師クラスの力の持ち主かもしれぬのう」

 アルゲウスが自身の白い髭をなでながら敵の親玉について推理する。

 ウェントはただ黙って目を伏せた。


「ウェント様、太古の発掘品についての情報がわかり次第、ぜひともお教え下さい」

「かしこまりました」

 イヌワシの嘆願にウェントは淡い微笑みで返す。


「それでは改めて敵の布陣だが……」

 イヌワシが地図を指しながら、フクロウの団からの情報を元に説明する。

「東の園には北に沼、中央に大きな池が存在し、奴らは中央の池の南西方面、つまりヤゴの街方向に陣を構えている。先ほどウエント様がおっしゃったように、もしゴーレムを隠しておくのなら此の二つの池が最も有力だろう」

「なるほどなぁ、下手になにも考えず突撃を敢行したら、俺達全員ゴーレムに踏みつぶされるところだったか。いやはや、これはワシが先走りすぎたなぁ、ぐわっはっはっは!」

 ハイイログマが会議での発言を訂正し、重い空気を吹き飛ばすように咆吼を奏でる。


 自身の間違いはすぐに認め、すぐさま訂正する。

 古来より、これすらできない軍や組織の長によって、いくつもの国や兵、そして民が野に散らされていったであろうか。

 上に立つ者、人をまとめる者として当たり前のことを行うからこそ、部下である団員は団長に命を預け、他の団も信頼し、背中を預けることができるのである。

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