岩戸(いわと)、シテマス

 フランが伸びをしながら吐息を吐き出す。

「ん~! そろそろお開きにするか。お主達も明日から入所式や入かさ式で早いのじゃろ?」


 アルドナが頬杖ほおづえを突きながら愚痴を吐き出す。

「いいわねあんたは。来賓なんて座っていればいいんだから。あ~あ! なんで魔導研究所の所長なんかなったのかしら? って! あんた! あぐらをかいて”具”を見せるんじゃない!」


 エルフがあぐらをかき、二本の脚の根本にある”観音あう゛ぁろきすた”を惜しげもなく晒しながら、唇をとがらせ反論を吐き出す。

「いいじゃない! 別に減るモンじゃないしぃ! それにぃ、《眼》は目玉焼きになったから今更誰に気兼ねするのよ! そもそもあんたが、周りには大穴しかない《逆さ傘》にいたくないって駄々こねるから、このヤゴの街へ赴くのを許可してあげたのに!」


 今度は涙目になったアルドナが、再び愚痴を吐き出す。

「……あたしだっってぇ……まさか太古の地名の《落ち葉の原》からぁ……太古の”をた○ちん”のお宝本や木偶ふぃぎゅあが発掘されるなんてぇ……あのときは夢にもぉ……」


 フランは二人に聞こえないよう心の中で呟いた。

(そういいながらも、落ち葉の原の発掘品をちゃっかりちょろまかしておるくせに……)


「あ~あ。《凡人ぼんじん》がうらやましいわ。帝国監査庁の長官職なんて、判子はんこを押すだけなんだし……」

 アルドナの愚痴にフランは反論する。


「お主はあまり帝都へ赴かぬから知らないじゃろうが、あやつもなんだかんだで忙しいんじゃぞ! 帝国、王室、王族、貴族、各省庁、そして琥珀の騎士の不正をただすのはいいが、それぞれに根回しを行ったり、互いに損得のないよう調整をするのは儂ですら一日で投げ出すわ! まさに凡人故の”天”職じゃな」 


 フランの話が終わるとエルフは立ち上がり、大きく伸びをする。

「んじゃあたしは帰るね。残ったポテトスライスは今日のお礼に食べていいわよ……じゃ」

 言い終わらないうちに、エルフの姿は忽然と消え去った。


 フランはアルドナの襟首を掴む。

「ほれ! 儂らも帰るぞ」

「ねぇフラン。このポテトスライスもらってもいい?」

「ああ、勝手に喰え!」

「ねぇフラン。今日泊まってもいい?」

「ええい! 勝手にしろ! その代わり着替えやベッドは自前で用意するんじゃぞ!」

「ウン……ちゃんと娑婆袋に入っているから」


 ドスドスと”空を”踏みしめながら、フランはヤゴの街へアルドナの体を引きずっていく

 ポテトスライスの袋をいくつも抱きしめながら、アルドナの体は空を引きずられていく。

 ……しかし、アルドナの顔がにやけているのを、この時のフランは知るよしもなかった。

  

 翌日。ヤゴの街にある国立墓地事務所、兼、フランの自宅。

 アルドナが泊まった部屋のドアを叩きながら、一晩の居候に向かって怒鳴りつけるフラン。


「おい! いいかげんに起きろ! この腐れ女! もうすぐ昼じゃぞ! 午後から魔導研究所の入所式なのじゃろ! そろそろ支度したくせい!」

 しかし、部屋の中にはアルドナの気配はするのだが、返事も物音もしなかった。

 フランはドアノブをひねろうとするがびくともしない。


「まさかお主! このドアに結界を張ったのか!」

『はっはっはっは! よくぞ見破ったな! さすがは根暗女! ちなみに窓にも結界を張ってあるぞ!』

 初めてドアの向こうからアルドナの声が聞こえる。

 その口調はどことなく太古の分割絵画や活動木偶絵巻を彷彿ほうふつとさせるものだった。


「いい加減にせい! そういうつもりならこっちも本気を出して壁ごとドアをぶち破るぞ!」

 フランの恫喝にも、アルドナの声は余裕が感じられた。

『ふふん! できるモンならやってご覧なさぁい。墓地が国立ならこの建物もいわば帝国の官舎。それをぶち壊したとあっちゃ、帝国からフランさんにどんなお仕置きが待っているのかしらねぇ?』


「……」

 フランからの返答はなかった。

 さすがにあきらめたのか、ドアの前から気配が消え、店のドアが開かれる音と、閉じられる音がアルドナの耳に届く。


 しかしすぐさま!

”バァーン!”

と床の一部が跳ね上がる音と共に、フランの上半身が顔を出した。

”ひぃ!”と叫ぶアルドナ。

 しかしもっと驚いたのはフランであった。


「ふん! ”こんなこともあろうかと!”じゃ! お主の言うとおり、ここは帝国の官舎。なら脱出用の抜け穴ぐらい備えてあるわい! ん? ……なんじゃこれは?」

 フランが眼にしたそれは、長方形の薄い布の袋の中に綿を詰め込んだ二枚の太古の寝具であり、その中でアルドナが丸まっているであろう姿だった。


「太古のお菓子、銅鑼どら饅頭まんじゅうみたいじゃな。ま~た逆さ傘の発掘品からちょろまかしてきおったのか?」

刮目かつもくしなさ~い! これぞ太古の人間が考え出した、究極の安楽あんらく室、《おふとん》よ! この中に入っている限り、私は無敵よ! オ~ホッホッホッホ!』


「なにが無敵じゃ! 早う出てこい!」

 フランは掛け布団をつかみ引っ張ろうとしたが、アルドナもまた中で布団をつかみ微動だにしなかった。

「糞! ”腐って異臭を放っても”さすが”天帝”じゃな! 儂でも腕力ではかなわんか……。おい! いくら何でも駄々の度が過ぎるぞ! 何で今年に限って引きこもっておるんじゃ!」


 アルドナの声が急にしおらしくなる。

『だってぇ……”上司”が本の山から睨んでいるのよ! フランだって昨日見たでしょ! ”あの糞馬鹿”を焦げたステーキのように焼いた《神殺しの光炎おしおき》を……』


「そもそも昨日、間近で拝んでおったくせに、何を今更怯えとるんじゃ!」

「だってぇだってぇ……昨日はあんた達がいたしぃ……。もし”お仕置き”がきてもぉ、あんたらを盾にしようと思ったからぁ……」


「(こんの……腐れ外道が……)つい最近までラハ村におったのに、お主は特に怯えてなかったじゃろうが!」

『だってぇだってぇだってぇ……ラハ村にいる時はぁ、ずぅ~と”下”を向いていたしぃ……』


「それに、お前んとこの上司が睨んでいるのは魔導研究所ではなく冒険者学園じゃぞ!」

『斜線上に魔導研究所があるのよ! 言わば”ひとにら監視”よ!』


「儂だって”上司”を飲み込んだ”小僧”がもうすぐ冒険者学園に入学するのじゃぞ! まだ卒業生がおるから、他の新入生と一緒に予備の寮に滞在しておるがのぅ」


 ――ヤゴの街の冒険者学園は、帝国東方部に異変があった時の為に、帝国軍の詰め所も兼ね備えている。

 そのため在校生用の宿舎は一部屋に二段ベッドが二つだが、兵士用の宿舎は一部屋に三段ベッドが三つ、さらに緊急時には野戦病院も兼ねており、廊下にも三段ベッドを組み立てることがある。

 この時期は遠方から来る入学予定者が滞在している――。

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