囃子(はやし)、シテマス

「あんたの上司はいいわよ! ”糞”しか見ていないんだから! あ~あ、あんたの上司を飲み込んだ男の子、あたしの上司も”飲み込んで”くれないかしらね~?」


「なにを世迷い言を! それこそ燕雀えんじゃく鴻鵠こうこくを飲み込むようなものじゃ! いい加減にせい!」

 今度は魔導杖を両手に持ち、布団の上からポカポカ叩くが


『無駄よ! 無駄よ! 無駄よ! 無駄よ! お布団ってのはね、太古の防護室しぇるたーも兼ね備えているのよね。たとえ糞天遣くそてんし共の合体技でも傷一つつかないわ! あ~はっはっは!』


「ふん! どうせ腹が減れば出てくるのじゃろ! 言っておくが儂の飯はやらぬぞ。欲しければ魔導研究所まで喰いに行け!」

 そうフランは怒鳴りつけるが、布団の中から”ポリポリ”と音が聞こえる。


「この音? お主まさかそれは、昨日のポテトスライスか!」

『あったり~! あたしが何の準備もせず引きこもると思ってたぁ~? 飲み物だって準備してあるのよ。これで数年はつわね。その頃にはあの男の子も冒険者学園を卒業してラハ村へ帰るか、例えこのヤゴの街の旅団に入っても、お仕事で別の都や街へ行くでしょ~よ?』


 さらに嬉々とした声で、アルドナが布団の中から話す。

『あ、帝都に行ったらおもしろいかもね。帝都のはずれから彼を見張っている白き鳥我が上司。それがわかった時の皇帝以下皇太子、そして糞王子ギルツ糞魔女ミカガの驚く顔も見てみたいわね~』


「……お主、まさかその布団とやらの中で粗相糞やショ○ベンをするのではあるまいな」

『あんたと一緒にしないでよね。ちゃんと”御虎子おまる”も準備してあるわよ!』


「……」

 あきれてものも言えないフランの耳に、店のドアが叩かれる音が届く。

「客か……魔導研究所からのお迎えかもしれぬな。まったく、世話の焼けるヤツじゃ」


 フランが部屋の中から結界を解除し、店のドアへと向かう。

 ドアを開けると、そこに立っていたのは魔導研究所の食堂でまかないをしている双子の老婆、ゴル婆、シル婆だった。

「ヤーマちゃん、やっとかめだなも!」

「やっとかめ! おみゃ~さんの所に、うちのインドラハちゃん、お邪魔しちょるがね?」

「《ナギ婆》《ナミ婆》か、お邪魔どころか今すぐにでも追い出したいところなんじゃが……」  


 互いにいみなで呼ぶ三人。

 二人を招き入れたフランは、アルドナが引きこもる部屋へと案内する。

「おい! お迎えじゃ! 入るぞ」

 フランがドアノブをひねるが……


「んん!? おい! また結界を張ったのか!」

『ふふん! ちなみに隠し扉どころか部屋全体にね。それこそ、この部屋ごと切り取らなくちゃいけないわよ。宮仕えの貴女にそれができてぇ~?』


「いい加減にせい! ナギ婆とナミ婆が迎えに来たのじゃぞ! おとなしく出てこい!」

『ふ、ふん! そ、それがなによ! お布団の中にいる今のあたしは【ドエリャアドエリャア転移】ですら、抵抗する自信があるわ!』


 申し訳ない顔をゴル婆、シル婆に向けるフラン。

「せっかく来てもらったはいいがこんな有様じゃ。もはや儂どころかお二人でもどうしようもないなこれは……」


 しかしゴル婆とシル婆は、そのシワに包まれたにこやかな顔を崩さなかった。

「《しかたんにゃあ(仕方ないな)》。ほんに《おうちゃくい(なまけもの)》子だに~」

「ヤーマちゃん。ちょっと《あっちらへん(あっちの方)にいってちょ~よ」


 フランはドアから少し離れると、ゴル婆は娑婆袋から二つの扇子せんすを、シル婆は太古の楽器、三味線とばちを取り出した。


『よぉ~お!』

 ♪~チャンチャカチャン(あ! そうれ!)チャンチャカチャン~♪

 シル婆の掛け声で三味線が弾かれると


『♪~ナ~ゴミ囃子ばやしでドエリャアリャア~。お~ど~れ~や~デラデラデ~♪』

 ゴル婆が二つの扇子を開き唄を奏ながら華麗に舞う。

 釣られてフランも手を上げ体を回転させ、ゴル婆と一緒に舞い始めた。


 やがて、部屋の中にある敷き布団がまるでドアに引き寄せられるように

”ズリ!”、”ズリ!”

と動き出す。


『え? なにこれ? 何でお布団ちゃん、勝手に動いているの?』


 驚くアルドナにかまわず、敷き布団はドアの前にたどり着くとそのままよじ登り、張りつくように垂直に立ち上がると、ゴル婆の唄とシル婆の三味線をもっと聞きたいかのごとくドアを”ぎゅ~!”、”ぎゅ~!”と押し始めた。


『ちょ! ちょっと待って! お布団ちゃん! いやだぁ~! 外に出たくな~い!』


”バァ~~ン!”


 ドアがはじき飛ばされる音と同時に、アルドナが入った布団は”パタン”と廊下へと倒れる。


「おお! これが引き籠もりになった”娘”を外界げかいへと放り出した伝説の”囃子はやし”か! いやはや、たいしたもんじゃ!」


「さぁインドラハちゃん、サタァン君がているから、《よそいき(きれいな)》のべべ着ましょうね」

「ヤーマちゃん、《おおきに(ありがとう)》。じゃあ、《ご無礼(失礼)》しますぅ」

 ゴル婆とシル婆は敷き布団の角をつまむと、”ずるずる”と引きずっていった


『い、いやぁ~! フラ〜ン! 助けて~!』

 掛け布団の隙間からアルドナの手が伸びフランのローブをつまもうとするが

「ええい! 鬱陶うっとうしい!」

”ペシッ!”と音と共に、フランはその手を払いのけた。


「……おっと、こうしてはおれん! 儂も支度せねばな」

 一張羅の魔導帽子と魔導ローブに身を包んだフラン。

 墓地を抜け、北の街道に出ると、その顔と体をヤゴの街の北、本の山へと向ける。


(しっかし……”アレ”はなぜにああも丸々と肥えておるのじゃ?)


 フランが気を向けた”モノ”。

 本の山からそびえ立つ……というより包み込むかと思うぐらい、丸々とした”モノ”。

 風の精霊がひとひら、その羽毛をなでるだけで

”ボヨヨヨ~ン!”

と風を震えさせる音を発するぐらい、丸々と太った”鳥”


 例えるなら冬の最中、羽の間に風を取り込み、丸々とした姿で寒さに耐えるすずめやシマエナガ。

 そんなドエリャアドエリャア巨大に肥えた白き鳥、サタァンが、本の山から魔導研究所、そして冒険者学園を見つめていた。


(お主……たまには飛び立つかして運動した方がよいぞ。昨日みたいにゲ○を吐いたぐらいで痩せるとはとうてい思えんしな……)

 そう心の中で呟いたフランは魔導研究所へ足を向けるが、不意に何かに気がついたように立ち止まる。


(ひょっとして……なにか、”め込んで”おるのかや?)

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