ナゴミバヤシ、シテマス

 正にそのナインのかけ声が合図かのように、ラハ村へ向けて炎、雷、氷の矢、石化の魔法が、サーチライトのようにナイン達のいるラハ村の結界に向けて放たれた。

 

 結界の表面で起きる爆発、衝撃波をかいくぐり、二人の”糞”達が結界という半球のステージ上で、《ドエリャアナゴミバヤシ》を踊り始めた。


「今の今まで空振りした俺様の”宿便”を発散させてもらうぜ! おめぇら! 今日は俺のすべてを見せてやるからよ! まさに”下血”大サービスだ。すかしっ屁すら出し惜しみしねぇぜ!」


 魔物という名の観客に向かってナインはえる。

 るか? 殺られるか?

 双方にとって命をかけた、舞踊と言う名の殺し合いの幕が上がった。


 ナインは左右の腰にある娑婆袋に手を突っ込み、【縮小】された何十もの武器を【吸着】で鷲づかみにし天空へとばらまいた。

 そして【解呪】、【デラ拡大】の魔法をあっという間に掛ける。


 すぐさまそれらは色とりどりの光の粒子や炎に包まれ、自分より数倍の大きさの”ドエリャア級”の剣、槍、ランス、アックス(斧)、サイス(鎌)、ハンマーへと変化した。


 そしてナインは【浮遊】の魔法で空を飛び、体を、脚を、腕を、指を精一杯広げると

「ナイン様ドエリャア奥義の【真空剣技しんくうけんぎ】! くらいやがれ!」

 光り輝くナインの体中から伸びる無数の光る糸は、まるで蜘蛛の糸みたいに伸び、辺りにばらまかれた武器達を絡み取った。


「いぃりゃああせぇ!」

 叫び声と同時に右腕を振ると、絡み取られた十数本もの特大の剣が、光の弧の軌跡を描き、結界へと近づく何十もの魔物の胴体や足を、まるで鎌で草を刈るように切断し、


「おぉりゃああせ!」

 叫びながら左手を前に突き出すと、その動きに呼応して十数本の特大の槍、ランス達が光の線と化し、ミノタウロスやトロールを正に、”八平ステーキ”のように何体も串刺しにし、


「おおどりゃああせぇ!」

 左右の脚を交互に回し蹴りすると、十数本のサイスやアックスが光りの円盤のように回転しながら魔物の群れの中に突入し、その数十の首を無情に跳ね飛ばしていった。


 それでも無数の魔法や武器がナインや糞騎士、ラハ村を包み込む結界めがけて飛んでくる。

 ナインは武器で攻撃しながら、時には武器を引き戻し盾代わりにしたり、魔法をはじき飛ばしていた。


 やがて空の魔物を食い尽くした何十ものワイバーン達が糞騎士めがけて襲いかかる。

「糞騎士! おみゃ~さんとこへいりゃ~たがや! わやになるみゃ~にちゃっとさらえりゃ~! だだくさな攻撃でなまかわはだいがいにしときゃあ~!」

 もはやナイン自身すら、なに言っているのか理解できない怒号が糞騎士に飛ばされる。


 糞騎士はそれぞれ金、銀、銅、鉄で造られた、チャクラムと呼ばれる外側に刃のついた円輪状の武器を両手に二つずつ持ち、華麗に回転させながらワイバーンの群れへめがけて放った。


 四つの回転するチャクラムは三日月のような色とりどりの光の刃を何十も空へとまき散らし、あっという間に数十体のワイバーンの首や翼は切り刻まれ、無残に墜落していった。


「無理に倒そうとするな! 手足や翼を斬って動けなくすればいい!」

「糞た~け~! そんなぁ簡単にいくわけありゃ~すか~! よっとりゃぁぁぁせぇ!」

と、叫びながらもナインが右腕を振ると、地面すれすれを横切るドエリャア剣や斧は、進軍してくるオーガやミノタウロスの丸太のような脚を、抵抗もなく切断していった。


 だが魔物達は切り口からは血を、牙を尖らせた口からは断末魔を噴き出しながら倒れるも、手に持った武器を”肥だめのおつり”とばかりにナインめがけて投げつける。

 ナインはあわてて武器を引き戻し、自分に向かってくる斧や棍棒を自らの武器ではじき飛ばした。


「ちぇ! 楽に勝たしちゃくれなぇか!」

 

 どこからともなく、さらに尽きることなくラハ村周辺に向かって”漏らされる”魔物達は、食物連鎖の法則によって弱きモノは喰われ、生き残った強きモノはラハ村に向かうも、結界の上で踊るナインや糞騎士によって撃退される。


 ナインは太古に流行った、《破戒はかい踊り》のように体中の関節や筋肉を、まるでゴーレムのように曲げ、振り、ひねり、波打たせ、そして回転させた。

 さらに頭を軸に己の体を回転させると、腕や脚を広げ、見えない糸で絡み取った武器で、結界周りに集う魔物の肉を切断し、骨を粉砕し、血を飛翔させた。


「ヨイヨイヨイ! あっそれ! ヨイヨイヨイ! あっそれ! 糞はおとなしく畑の肥やしになりやがれ~!」


 十分、三十分、一時間、もしかしたらまだ五分とたっていないかもしれない。

 強がって唄いながら攻撃をしているナインであったが、眼前に迫ってくる魔物のあまりの数に、心の奥底ではいつでも逃げ出したい気分であった。


(……何で、俺はここにいる? だってよ、今の今まで新月が来る度にラハ村に来てもなんにもなかったんだぜ。いいかげんあきらめてなぁ、いつもみたく歓楽街に行ってお姉ちゃんの谷間酒を飲んで、冒険者仲間達とイカサマまがいのギャンブルをして、殴り合って、肩を組んで、また飲んで、ゲ○吐いて、それでよかったんじゃねぇのか……?)


 だがたとえドエリャア級の武器であっても、魔物の固い皮やうろこ、鎧にたたきつけられては切れ味が落ち、同時に武器に付与されていた魔力も徐々にその力も輝きも失っていった。


(このままいけば、俺様秘蔵の武器もそのうち鉄くずだ。もう十分じゃねぇか。今ならまだあの糞騎士に押しつけてトンズラできるんだぜ。”ろくでなし”ナイン様の本領発揮じゃねえか……)


 糞騎士の背後に投げつけられたミノタウロスの斧を、ナインは自分のドエリャア斧を引き戻して弾き飛ばす。


「!! すまぬ!」

 糞騎士の礼にもナインは言葉を返さず、なおも葛藤していた。


(そもそもよ、こんな事して俺に何の得がある。冒険者は……いや俺様は、ヴォルフみたいな聖騎士じゃねぇ! 弱き者の為に戦う、ご大層でご立派なもんじゃねぇ!)


『僕がラハ村からいなくなったら、また魔物が襲撃してくるかも……』

『いってらっしゃい……ナイン』


 ラハ村、そしてアデルの、《下痢》に関しては、不感症ならぬ”不干渉”を決めた冥界の暗黒女王には、ナインを止める権利もすべもなかった。

 彼女にできることは死の接吻と、死の旗の呪いでナインを思いとどまらせることだけだった。しかし、


『理不尽な運命とやらに抗うのが冒険者』


 ナインが常日頃吐き出しているその一言を信じ、冥界の暗黒女王は生者のいない墓場で、一人家の中で彼の帰りを待っている。


 ナインに”二つ目の呪文”を言う為に……。


『難しく考えるなんて俺様らしくねぇ~! てめぇが一度決めた、選んだ道を! 限界を超えて! ひたすら突き進むのが冒険者ってもんだ~~!』

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