ドエリャア糞馬鹿、シテマス

     ※

『……これで儂の契約は終わりじゃ。我が子の為とはいえ、お主も大変じゃな。ま、これも自業自得というやつか』


『ではフラン殿。先に交渉したとおり、私の”けった”を自由に使ってもかまわない。幌馬車の中にある物もな。馬共には言い含めてある。名は向かって左から《ダスラ》と《ナーサ》だ。ナーサはおとなしいがダスラはちょっと茶目っ気がすぎてな。最初のうちは言うことを聞かぬかもしれぬが、まぁ悪気はないからそう目くじらを立てることはない』


『おお! あれこそがおのが軍勢を率いて《異界からやってきた神祖竜の元眷属》に立ち向かった、《天翔あまかける槍》とうたわれた《勇帝ゆうてい号》か! 

 それを引く馬も”一くち四千里”と謳われる《神獣ユニサス》! それを二頭も率いてな。

 前々から一度乗ってみたかったんじゃ! 今度”小心者”が事を構えに来たら、これに乗って追いかけ回してやろうかの。今から楽しみじゃ!』


『長い間しまい込んでいたのを忘れていた為、かなり腹が減ってやせ細っている。おかげで”亡霊のような姿”になってしまってな。最初は馬並みの歩しか進めんし、手当たり次第に精を喰いまくるやもしれぬ。

 しかし体が落ち着けさえすれば、小指の先ほど喰わせれば噂通り四千里は楽に駆けるぞ。

 あとフラン殿、実は別件で相談したいことが……』


『なんじゃ? 事と場合によっては袖の下が少々いるぞ』


『此度のラハ村の件、どうも私一人では手に負えないみたいでな。ここヤゴの街は冒険者の街ゆえ、手練れの冒険者がいれば紹介して欲しいのだが。……できれば秘密裏に』


『手練れと言ってもな……。お主が望む人物はどの程度なのじゃ?』


『一、数千万の魔物を前にしても臆せず立ち向かう屈強な精神の持ち主。または全く気にも留めない馬鹿』


『二、無尽蔵な体力と華麗で必殺の技の持ち主。または何も考えず、ただひたすら武器を振り回す馬鹿』


『三、極秘ゆえ我や一連の出来事を決して口外しない誠実な魂の持ち主。または全く理解できない馬鹿』


『ふむ……。三つの条件の”前者”に当てはまる人間は、この街では二人ほど知っておるが……。しかしお主の眼鏡にかなうゆえ、彼らはやんごとない血統や、かけがえのない役目を担っておっての』

『ほほう、で、その者の名は?』


『一人はこのヤゴの街の最大の旅団、金色犬鷲の団の団長、イヌワシじゃ。冒険者ゆえ依頼すれば引き受けると思うが、先も言ったとおり、こやつの正体はナゴミ帝国皇帝の第四王子での。もう一人は蒼き月の教団ヤゴ神殿、将来の二十八の蒼銀の騎士とうたわれる、聖騎士団長ヴォルフ卿じゃ』


『うむ、その二人なら昨今噂に聞いたことがある。かなりの手練れだと……』


『もっともこの二人、まずイヌワシに何かあれば、紹介した儂の首はまず間違いなく帝国の審判官の手で即決裁判の後、一気にねられるな。

 そしてヴォルフ卿に何かあれば、蒼き月の教団と儂の、《超弱小の冥星教団》との聖戦、いや一方的な虐殺が起き、儂をはじめ数少ない信徒の首が赤玉キノコのように、それこそ根こそぎ刈り取られるであろう』


『そうか。もっとも我もどこの馬の骨かわからぬ身の上。例え大金を積んでも引き受けてくれそうにないな。手間をかけさせて申し訳ないなフラン殿。やはり我が子の粗相は親の手で始末せねば……』


『ん? ちょっと待て! 

”三つの条件の後者に当てはまる糞馬鹿”

でもよいのか?』


『なにぃ! ”この世界”にそんな”ドエリャア糞馬鹿”がいるのかあぁ~?』


『お主がそう聞いたんじゃろうがぁ~! もっともドエリャア糞馬鹿ゆえ、儂も常日頃から記憶の奥底に封印していたんじゃが、お主の言葉を聞いたとたん、儂の結界を破るかのごとく、記憶の封印すら突き破って出てきた程の糞馬鹿での』


『し、しかし、そんな糞馬鹿にどう説明すれば我の手助け、いや、そもそもラハ村にまで足を運んでくれるというのだ?』


『そこは儂に任せろ! 脅しすかし泣き落としのトリプルコンボ! とどめは

”先っちょぐらいなら入れてもいい”

乙女の武器をつかってな。それでもだめならその糞馬鹿を簀巻すまきにした後、有無を言わさずラハ村へ向かって蹴飛ばしてやるから安心せい!』


『と、ところで報酬は……、どの程度用意すれば?』

『糞馬鹿ゆえ、上等の黒リンゴ酒を樽ごと与えれば、それこそ馬車馬のように働くぞ』」

 

    ※

 まるで見てきた、いや盗み聞きをしたようなイタチの話を聞いたナインの脳裏には、ラハ村で初めて会った糞騎士の言葉が蘇ってきた。


『お役目ご苦労』

『貴公が来てくれたおかげで何とか保ちそうだ』


「あ、あの……ナインさん?」

 ナインの体全体が、今すぐ【ドエリャア爆炎】が発動するほど真っ赤に染まっていた。


「で、ではナインさん……夜も遅いですし、僕はこの辺で……」

 イタチはすぐさま回れ右をして、一刻も早くナインの前から離れようとするが、


「ちょっとまてぇぇいぃぃ!」

「は、はひいぃぃぃ!」

 背中越しに響くナインの怒声は、小心者のマ神に直立不動のポーズをとらせた。


「てめぇ! 今度あの糞魔女二人と事を構えることがあったら俺を呼べ! いや召還しろ! あの魔女あま共、《太古のをた○ちんが読む薄い書物》のように、ああして、こうして。それをネタに《をた○ちんの宴》ができるぐらいの仕打ちをしてやる!」


「そ、そおですか……。う、うわぁ~みものだなぁ~。僕が憶えていたら考えておきます」

「だったら忘れないように顔を見る度! いやてめえの枕元で毎夜ささやいてやる!」


「そうですか、それは困りましたね。……ではナインさんが忘れればいいんですね」

とイタチが言い終わった瞬間、イタチの指が”パチン!”と鳴り、イタチとマ神の結界が忽然と消え、広場にはぽつんとたたずむナインだけが残された。


 頭とおしりをボリボリかきながら、寝ぼけたようにナインは呟いた。

「あれ……? 俺、何をしていたんだ? イタチと坊主について話してて……、何かドエリャアむかついていたんだが……。まぁいいか、寝るべ」

 大きな欠伸をして、ナインは自分のねぐらの毛布へと潜り込んだ。

 

 旅団のアジトが立ち並ぶ、栄光の冒険者通り。

 ほとんどの建物の明かりが消えた通りを、イタチは肌に心地よい風を感じながら自分のアジトへと歩いていた。


(申し訳ありませんナインさん。せっかくのお申し出ですが、貴方をマ神同士のいざこざや、帝国の薄汚いまつりごとに巻き込みたくないんです。でも……、僕の枕元にいてくれるとおっしゃった時は、とてもうれしかったです)

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