お漏らし、シテマス

 ラハ村へ歩いて数刻程度の街道の上にナインは着地した。


 周辺を注意深く見渡すが、特に変わったところは見受けられなかった。

 遠くにはヤゴの街の街灯と同じ造りの、ラハ村の門の明かりが見える。


 ナインは辺りに注意しながら、ラハ村に向かってゆっくりと歩を進める。

(特に変わったところは……)

 だがラハ村に近づくにつれて、異常がないことが逆に異常とナインの直感は知らせた。


「な! これは……どうなってやがる?」

 慌ててラハ村へ駆け寄ると、村を包み込むように半球状の結界が張られ、それはフランが墓地にかけた結界の数倍の大きさと強度を誇っていた。


 もしかしたら、”ドエリャア”レベルを遙かに超えるかもしれない。

 しかもこれが魔法でも聖法でもない、それこそ魔法や聖法の祖先、生まれつきその能力を持っている人間でしかなしえないもの……。


 ナインの、《九官鳥》でもこの結界が解析できず、そして真似もできないことをナインの体は感じていた。


 そして、結界を通して村の中を見ると、家の明かりはすべて消えていた。

 過去、新月の時に何回か訪れた時は授かりの儀式を行う為なのか、一つ二つ明かりが漏れる家があるのがあたりまえだっだが、今、村の住民は”ただ眠っていた”。


 それでも眠っているとはいえイビキも寝返りもあるものだが、微動だにせず息づかいだけが結界を通して感じられた。


「こんなモノ、キフジンや蒼き月の大聖堂の連中でもできない……”ギフテッド”!」

 目の前の光景が、これまで自分が信じていた能力によるものだという結論に達した。


「しかし坊主は今、ヤゴの街だ。故郷を守る為の無意識によるものなのか? ……まぁ、あれこれ考えていても仕方ねぇか」

 持ち前の楽観さで何とかこの出鱈目な情景を切り抜けると、村の周囲を探索した。


 そこでわかったことは、この結界は地面の下まで続いており、ラハ村の地面もろとも大きな水晶玉みたいな結界で包み込んでいることだった。


「これだけ頑丈な結界なら俺の出番はねぇかな……」

 結界の片隅に腰掛け、安物の白リンゴ酒が入った水袋も飲み干すとなんか気が抜け、徐々に欠伸がこみ上げてくる。


 わずかにうたた寝していると

「……お役目ご苦労」

 背中からくぐもった男の声と共に、ナインの頭の上から小樽が差し出された。


「あ、こりゃど~も!」

 ナインはにこやかに礼を言い、樽の栓を抜き口に含む。


「ん! かぁああ! しみるぅぅ! なんだよぉこの黒リンゴ酒のコクと豊潤さ! 十年物……いや二十年以上かぁ! いいのかい? こんな極上のものをご相伴にぃ……」

 ご機嫌な声で樽のふたを閉めながら礼を言い、振り返ったナインの目に黒い鎧が写る。


 刹那、あるじがいなくなった樽はゆっくりと地面に向かって吸い込まれるが、黒い鎧の小手がすんでのところでそれをつかみ取った。


 さっきまで樽を持っていた主は、己の間合いの外まで移動し、両手を腰に当て、目の前の黒い鎧が一歩でも間合いに入れば攻撃を仕掛けようと睨みつける。


 一刻時が止まった後、黒い鎧は樽の栓を抜き、フルフェイスヘルムの口の部分を開け黒い液体を流し込んだ。

 それから樽を持ったままゆっくりと両手を挙げる。


「私はフラン殿と契約したモノ……」

 それだけ言えばわかるとばかり、黒い鎧の言葉は少なかった。


「おめぇ、デュラハン……か?」

 それでも警戒は解かず、ナインは質問した。

「デラ……? ハン? あいにくだが私はその、”すごいハン”というモノではない」

(冗談……か?)


「私は、ギフテッドの少年の……と言えばわかるだろう?」

「!」


 初めて耳にする第三者から聞かされたアデルの正体だった。

 ナインは眠気を吹き飛ばすほど目を見開き、そしてゆっくりと警戒を解いた。


「おめぇなにしに来たんだ? 名前は?」

「貴公と同じだ……名は……、まぁ適当に呼んでくれればいい」


「ふ~ん、わかった。んじゃあ黒騎士ならぬ、《糞騎士くそきし》とでも呼ばしてもらうわ」

「うむ……。言い得て妙だ。それでいい」

「……っていいのかよ! 何か調子狂うな」


 ナインはとりあえず話をと【壁走り】の魔術で結界の上を歩き、糞騎士もそれに続いた。

 頂上に着くと、糞騎士は黒リンゴ酒の樽を再びナインに勧めた。

 ナインは一口飲んだ後、足下の結界を拳で”コンコン!”と叩きながら糞騎士に尋ねる。


「俺はナインだ。とりあえず聞きたいことは山ほどあるが、このご大層な結界は?」

「私が張ったモノだ。正直これでも物足りないと思っていたが、貴公が来てくれたおかげで何とか保ちそうだ」


「なんだぁ? こんな結界でも破壊するような奴が襲ってくるのかよ?」

「ああ、なにしろ生まれて初めて、《糞》をするのだからな」


「は、はひぃぃぃ? ……まぁいい、とりあえずお前、アデルのことについて知っていることを教えろ! あいつはやっぱりギフテッドなのか?」

 糞騎士はその頭をわずかに前へ倒す。


「そうか……、じゃあ奴はやっぱり《魔物除け》?」

 だがその言葉には糞騎士の首は動かなかった。


「うむ、結果的には似て非なるもので、いや全く違うか? ……どこから話せばよいか……貴公は、《白き鳥と黒き鳥》の話は知っているか?」

 

     ※ 

 ~『白き鳥と黒き鳥』~

 神は大地を作り、その世界に住む人を作った。

 それを奪い取ろうと、マ神はマ物を差し向け大地を蹂躙していった。


 神は人を守る為、一匹の白き鳥をつかわした。

 神の代理人たる白き鳥は、自ら放つ白き光でマ物を焼き尽くした。


 だが同時に、それは人の大地をも燃やし尽くした。

 やがて人は白き鳥を恐れ、敵対者として団結し白き鳥に抗った。


 これではいけないと、次に神は黒き鳥を遣わした。

 黒き鳥は、人では近づくことも見ることすらできなかった。

 ただ自分を襲うマ物を、自らの体へと取り込んでいった。


 やがてマ物を取り尽くすと、黒き鳥は天の神の元へ向かった。

 黒き鳥は神の浄化の炎にその身を投げ、自らの体ごとマ物を焼き尽くした。


     ※

「白き鳥ってのが。《神祖竜エルドル》、そして黒き鳥ってのが、未だ誰も見たことのない伝説の、《腐死鳥ふしちょうクシティ》って言うんだろ。子供でも知ってらぁ」


「ああ、それで一つ貴公に問うが、もし”白き鳥が黒き鳥に向かって光を放った”ら、どうなると思う?」

「んん? 光ってのは咆吼炎ほうこうえんって事か。……ん~ひょっとして白き鳥を、”魔物と見なして取り込む”……か? いや、さすがに取り込む前に黒き鳥の体が消滅するかもな」


「そうか……だが白き鳥が、白き光以外の、”ドエリャアとてつもないモノ”を、黒き鳥に”放った”なら?」

「ん? ちょっと待て……だったらその”モノ”を、攻撃と見なして、白き鳥を取り込む……のか?」


「黒き鳥に取り込まれた白き鳥が実は、”ドエリャアドエリャア巨大なモノ”だったら、それまで黒き鳥に取り込まれた、《マ物》はどうなる?」

「ん? 玉突きみたいに玉ではなく、魔物が外に”はじき飛ばされる”のか、っておい!」


「そんな《ゲテモノ喰いオール・ウエルカム》のギフテッドの子を、《マ神》が見過ごすとでも!」


『おい! 謎かけは終わりだ! 《お漏らし》が始まったぜ!』

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