助言、シテマス

「え? じゃあシナンさんも、僕みたいに広場で寝泊まりを?」

 明らかにナインと正反対の人間が、ナインとつるんでいたことにアデルは驚いた。


「そう、正に四六時中ナインさんにくっついていたからね。さすがに、歓楽街には行かなかったけど」

「そんなところはあたしが許しません!」

 サティはコップから口を離し、白い髭を蓄えた唇でシナンをたしなめた。


(ひょっとしてナインさんが僕にくれたゴザや毛布って、シナンさんのお下がりとか?)

「なんでそこまでして、ナインさんについていったんですか?」


「え? アデル君はなんでナインさんといるの?」

 シナンへの問いを、逆にサティに問いかけで返され、アデルの顔が歪む。


(ん? なんでだろう……? 確かに最初は一文無しだったけど、ナインさんから報酬を貰ったし。なによりボーアさんから剣を貰ったから、入ろうと思えば中小の旅団に……)


 アデルの歪んだ顔が険しくなり、やがて頭から湯気を出しそうな雰囲気を察してか、慌ててシナンが叫ぶ。


「い、いいよ無理に考えなくて! 人にはいろいろと事情があるし、とりあえずミルク飲んで」

 ごくごくとココナッツミルクを飲み、アデルの頭が冷えたのを見計らってか、シナンは自分がナインについていった理由をゆっくりと話し始めた。


「アデル君は冒険者における”ナゴミの壁”の話、聞いたことある?」

「ナゴミの壁? ナゴミ帝国のことですか?」


「いやいや、ナゴミって言うのは語呂合わせでね。冒険者はレベル三,五,そして七になるとこれ以上の成長が行き詰まって、いわば壁にぶち当たると言われるんだ」


「引退するレベルも、その数字の時が多いみたいね」

 蜂蜜パンのかけらを小動物のように”もぐもぐ”とくわえながら、サティが補足をする。


「レベル三から四へは初心者から中堅へ。五から六へは中堅からベテランへ、そして七から八へは旅団の幹部、そしてゆくゆくは団長へのレベルアップの目安だからね。もっとも僕はフリーだから最後はあまり関係ないんだけど」


「え? シナンさんってフリーなんですか? フリーでレベル八!」

「そんなに驚くことはないよ。だって、ナインさんだってフリーでレベル九だろ」

「あ、……そういえば」


「僕は冒険者学園の適正で能力値がほぼ《平均値》だったんだ。突出した能力のない僕は旅団にも入れず、恥ずかしい話、ずっとサティのオマケ、荷物持ちみたいな形でパーティーに入れて貰っていたんだ。魔術師一人いれば強力な戦力になるからね」


「あたしは別にかまわなかったんだけどね。でもパーティーのメンバーの中には旅団への勧誘はいいとして、ナンパ目的であたしに近づく輩もいたのよ。だからシナンにはボディーガードも兼ねてもらっていたし」


「でもそんな生活も長くは続かず、さっき言ったように、僕はやっとレベル三になった時点で完全に行き詰まってしまったんだ。レベル三にもなれば、パーティー内で一人の冒険者として、そして、仲間をフォローする働きが求められるからね」

 全く意外そうな顔で、アデルはシナンの話を聞いていた。


「いつまでもサティのオマケではだめだと鍛錬をするけど、逆に何をしていいかわからない。そんな時にナインさんに出会ったんだ。そして平均値で悩んでいる僕を見て……」


「『何もできない器用貧乏なら、何でもできる”器用大富豪”になれ!』ってね!」


 ココナッツミルクを飲み干したサティが”ビシッ”とアデルに指を突きつけ、ナインの表情と声色を真似ながらアデルに向かって叫んだ。


 昔のシナンがまるで今の自分と同じみたいだと、アデルの目と耳はシナンの話に釘付けになる。

「それで、ナインさんの弟子になって特訓したんですか?」


「うん、もっとも弟子にして貰うまでが大変だったけどね。いろいろと”無理難題”を押しつけられて……。あとあの人はね、師匠、弟子って言葉は嫌いみたいなんだ」

 その無理難題の一つを思い出してか、サティの眉間にわずかながらしわが寄った。


「ナインさんが言うにはね


『弟子にしたら師匠の身の回りのことをするんだろ? おまえが洗ったパンツなんか履けるか!』


だって」

 再びナインの声色を真似たサティは、二つ目の蜂蜜パンに手を伸ばした。


「弟子になってからそれこそ何でもやった。剣はもとより槍、弓、鈍器……。僕とサティは金星教団だから神官様にもお願いして簡単な聖法、サティからも魔術を少し……。

 さらにナインさんは盗賊ギルドにも顔が利いてね、盗賊スキルも少し……。もっとも盗賊ギルドにはちゃんと”みかじめ”は払っているけどね」


 アデルは”ええ!”と、悲鳴にも似た驚きの声を店内に響かせる。

「今思えば、平均値だからこそ、僕自身、いろいろなスキルの素質はあったみたいだね」


「スキルってのはいわば体に埋め込まれた”たね”ね。どう育てるかは本人次第だけど」

サティは蜂蜜パンを飲み込むと、学園の講師みたいにアデルに説明をした。


「そういうわけで、僕はそれこそ、ナインさんの金魚のフンになってついて回ったんだ」

「そうだったんですか……実は僕も……」


 アデルは今の自分の気持ちをシナンに話し始めた。何をしていいかわからないと。

 そのアデルの問いに、シナンはまっすぐな目でアデルを見つめながら、一言だけ言った。


「アデル君、君は……”何に”なりたいの?」


 まるでナインにとがめられた時のような、一片の曇りも歪みのない剣のような言葉がアデルの魂に突き刺さった。

 だがあの時の自分じゃないと、魂から絞り出すようにアデルは今の気持ちをゆっくりと、そして力強く吐き出した。


『冒険者に……なりたいです』


「そう……でも僕から見るに、今のアデル君は”冒険者じゃない”」


 ”え!”っと、まるで魂を吸い取られるかのように、アデルの顔がゆっくりと青ざめる。

 何か気がついたサティは蜂蜜パンを飲み込むと、シナンに肘鉄砲を放つ。


「あ! いや違う! そういう意味じゃなく、え~と、なんていうか……」

(本当、昔から口べたなんだから……あたしに対しても)

 あわてて取り繕うシナンを横目で見ながら、サティは最後の蜂蜜パンに手を伸ばした。


「体が……ですか?」

 ココナッツミルクを全部飲み、何とか落ち着いたアデルはシナンの言葉を繰り返した。


「そう、今の君の体は冒険者の体じゃない。しいて言えばパン屋さんの体だ」

 アデルはゆっくりと自分の手のひらを見つめる。


「むろんパン屋さんがいけないという意味じゃないよ。一流のパン屋さんが作るパンは、それだけでみんなの心もお腹も豊かにするからね」


「あたしはイネスさんのパンは大好きよ!」

「ありがとう」


 それを聞いたイネスはココナッツミルクのおかわりを持ってくる。

「わ~い! ありがとうございま~す」

 サティは再び、子供みたいな笑顔をイネスに振りまき万歳をした。


「でも、どうしたらいいかわからないんです。あれもこれも……と思うんですけど」


「アデル君、僕は君と出会ってまだ間がないから、君がどんな冒険者になりたいのかはわからない。でも冒険者の間でこんな言葉があるんだ」

「え?」


「これは数多くの冒険者が壁にぶち当たった時、己の進む道に迷った時、必ずと言っていいほど心の中で何回も呟く言葉さ。でもそんなに難しい言葉じゃないから、今のアデル君にも理解できると思うよ」


「そ、それはなんていう言葉ですか? 是非教えて下さい!」

 テーブルから身を乗り出すようにアデルはシナンに嘆願する。

 シナンはアデルの目をじっと見つめながら、一字一句はっきりとした言葉でゆっくりと述べた。


『冒険者学園で学んだことを思い出せ! 答えはすべてそこにある!』

 

 暗闇の迷路に迷い込んだアデルの目の前に、一筋の光明が現れた。

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