兄弟子、シテマス

「じゃあアデル君、ちょっと店番お願いね」

「はい!」

 イネスに心配かけさせまいと空元気の返事をして、アデルはカウンターに立った。


 ”チリンチリン”

「いらっしゃいませ! ……あ!」


 ドアの鈴と共に入店した男女の客に挨拶をすると、アデルの目は二人に釘付けとなった。


「注文していたラスクを取りに来た……」

 アデルの目の前に現れたのはイケメンのハヤブサとは違う、二十才過ぎのさわやかな顔をした男性冒険者だった。


 腰に差された鞘からは剣の魔力があふれ、使い込まれた金属鎧は、この冒険者の年期と経験をその体にまとっているようだった。


 しかしその男がアデルに尋ねるより早く、隣にいた同年代に見えるショートカットの女性魔術師は、アデルの前に歩み寄るといきなりじっと睨み付け、びしっと指をさし、


「あ~! この子! ナインさんの《腰巾着》君だ~!」


 いきなり店内に響き渡る叫び声を発した。


「え? 腰巾着? ナインさんの?」


 自分に向かって、知らない通り名を叫んだ女性はさすがに魔導師のフランほどではないが、黄色を基調としたローブやマント、中折れ帽子を身につけ、持っている杖の年季の入り具合から、この女性も隣の戦士と同じぐらい経験を積んでいる魔術師だと、学園卒業したてのアデルからでも推測できた。


「こ~ら、サティ」

 連れの戦士から帽子越しに軽くげんこつで叩かれると、先ほどの叫び声が嘘のように


「いった~い! ぶった~!」

 あどけない少女のようにしおらしくなった。


「あら、いらっしゃい」

 叫び声を聞いて奥から出てきたイネスに向かって、サティと呼ばれた女性魔術師は


「イネスさぁ~ん。シナンがねぇ~、ぶったんだよ~!」

と、唇を尖らせ、甘えた声でイネスに助けを求めるも、


「はいはい、仲がいいわね~」

 イネスは姉弟喧嘩をたしなめる母親のように軽く聞き流していた。


「新しく人を雇ったんですね。どこのパン屋も忙しくて、ラスクなんか作っている暇はないと言われまして、おかげで助かりました」


 女性魔術師からシナンと呼ばれた戦士は、さわやかな顔でカッペラに話しかけた。


「本当、どこぞのろくでなしと違って大助かり。あ、アデル君、そこの棚の袋を渡して」

「あ、はい」

 アデルは”サティ”と書かれた大きめの紙袋をサティに手渡す。


「ありがとう、腰巾着君」

 サティが笑顔でお礼を言うと、再び”コツン”とシナンのげんこつが飛ぶ。


「ぶ~~~! なによ~! 元、《金魚のフン》!」

「ちゃんと名前で呼びなさい。あ、アデル君だっけ、ごめんね”連れ”が失礼して」

 ある二文字に対して、サティの頬がより”ぷく~”とふくれ始める。


「あ、いえ、大丈夫です」

(何か、ナインさんと正反対の人だな)


 レベル一の自分に向かってちゃんと謝るその姿は、夜、自分の隣で寝ている男のみならず、卒業式の日に広場で出会ったどの冒険者とも違う、やわらかい物腰の雰囲気を漂わせていた。


 二人をじっと見つめるアデル。

 そんなアデルを見て、何かを感じたイネスは、

「あなたたち、今時間ある? アデル君冒険者の卵だし、どこの旅団にも入っていないのよ。先輩として、そして”誰かさん”と縁のある者同士、いろいろとアドバイスして欲しいな。もちろん報酬ははずむわよ。ココナッツミルクで!」


”え?”っといきなりのイネスの”依頼”にシナンは戸惑うも

「わ~い! ココナッツミルク~!」

 サティは叫びながら万歳をし、あっという間にイネスの依頼を承諾した。


 パン屋の窓際はお茶や軽食ができるよう椅子とテーブルが置かれており、テーブルを挟んで窓際にサティ、その横にシナンが腰を掛けた。


「あ、アデルといいます。はじめまして」

 ココナッツミルクの入ったコップが三つ置かれたテーブルを挟んで、はじめてアルドナと会った時のようにアデルは淡々と自己紹介をする。


「はじめまして、僕のことはシナンと呼んでくれていいよ。と言っても広場でナインさんと一緒の所を何回か見かけてはいるけどね。最近見ないなと思ったけど、まさかイネスさんのところで働いていたなんて」


「あたしはサティ。よろしくねアデル君」

 にこやかに話す二人だが、アデルの両の目は二人の首筋に注がれていた。


(二人ともレベル八! 僕よりせいぜい十才も離れていないのに? それに魔術師のレベル八って……魔術師の力量は戦士よりプラス一~二レベルで考えろって習ったから、このサティさんの実力は最低でもレベル九……?)


 フランの店で団長のオトメとイザヨイに会ったが、彼女たちはあくまでフランとの面談が目的であった。

 今はまるで旅団の面接のように、旅団の幹部級二人と相対しアデルは緊張をする。


 そんな三人の目の前に、イネスがパンクした蜂蜜パンが載った皿を置いた。

「これは追加報酬。よかったら食べてね」

”わ~い”と、喜び勇んでサティは再び万歳をする。その声にアデルははっと我に返った。


「あの~さっき僕のことを腰巾着と……うわ!」

 たどたどしく質問したアデルは、ふと窓の外がなにやら騒がしくて目をやると、


 ・裾をめくりあげて太ももを露わにした、赤いローブの女性魔術師。

 ・胸元を広げ、谷間を作っている青色のローブの女性魔術師。

 ・おしりを突き出しフリフリしている茶色のローブの女性魔術師。


の三人娘が、ガラス越しのシナンに向かって誘惑している姿が飛び込んできた。


 それを見て笑顔で軽く手を振るシナン。

 しかし、サティはいきなり立ち上がり、”ガルル”と吠えながら、ガラス窓を両手でバンバン叩きつけた。


 それでもなおシナンを誘惑する三人娘に、サティは顔を真っ赤にしながら席を離れ、パン屋のドアを勢いよく開けながら


「あんたたち! いい加減にしなさ~い!」

と、怒鳴りつけるが


「きゃ~!」

「《番犬ヘルハウンド》様のお怒りだ~!」

「シナンく~ん。今度二人っきりでね~」


 女性魔術師達は口々に叫びながら退散するも、シナンに向かって手を振ったり、ウインクや投げキッスを飛ばしていた。


「全く……ああいう破廉恥はれんちな輩がいるから魔術師の評判が……。清楚で慎ましいフランさんの爪の垢を触媒にして飲みなさいって~の!」


 愚痴をこぼしながらドスドスと床を踏みならし席に着くサティであったが、ぽかんとするアデルを見ると、慌てて体裁を取り繕い話を変えた。


「オホホ。そうそう腰巾着ね! これはナインさんに関わった冒険者の間だけの、いわばあだ名みたいなもの。別に悪気があってつけた訳じゃないのよ」


 怒りで上気したサティの顔を改めてみると少女のかわいらしさと、大人の女性の色気を漂わせていた。

 すれ違った若い街男の十人中七、八人はまず間違いなく振り返るだろう。


「僕なんか金魚のフンだからね。でもあの頃の僕は正にナインさんにべったりだったから、そう呼ばれてもおかしくなかったなぁ」


 懐かしそうな顔で話すシナンも、少年のさわやかさと大人の男性の力強さを備えており、すれ違えば街娘のみならず、アルドナのような”性癖”の女性も違う意味で振り返るだろう。


「じゃあアデル君、広場でナインさんの隣で寝た者同士、何でも聞いてくれていいよ」

 シナンはアデルに向かって、軽い微笑みを向けた。

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