おしっこ……してます

「フフフフ……。まぁよくやったとほめて差し上げましょう。鳥のゴーレムに一人で挑もうなど、太古の言葉で例えると『ひよこ故の失敗』ですかね」

 ゴーグル越しに黒煙の雲を眺めながら、イタチは不敵な笑みを浮かべる。


 乱気流の中、カタリーナの奮闘ぶりを見守っていた風の隊員達も

「あ~こりゃ、派手に散ったかなぁ……」

「大丈夫っしょ。ぶつかる直前、左手の平から【魔風弾まふうだん】を放ったし」


 黒炎の中から飛び出すカタリーナ! 驚愕するイタチ。

「なにぃ! ……何、慌てることはありません。もはや魔力も残っていまい。逃げればいいのです」

 鳥のゴーレムは足の裏から魔力の風を吹き出すと、一気に離脱しようとするが


「アタシの魔力量を甘く見るなぁ!」

”ドドドドド!”

 鳥のゴーレムの足の裏に向けて、【風のくさび】を連射するカタリーナ。

”ガン!”ガン!”ガン!”と【風のくさび】が鳥のゴーレムの足の裏に直撃する。


「イタイタイ! イタイタタイ! タイタタイ!」

 熱い鉄板の上に乗ったかのように、膝を振り上げ激しく地を踏むイタチ。

 それを見ていた魔物達は手を叩いたり、口から笑みを漏らしていた。


「【風のとりもち】!」

 カタリーナは鳥のゴーレムの股下に向かって【風のとりもち】を発射し、自分と鳥のゴーレムの距離、そして【風のとりもち】の射出速度と魔追槍の速さを一瞬で計算すると

「秘技! 【先走り】!」

 【風のとりもち】がまだ鳥のゴーレムにくっついていないのに、カタリーナは魔追槍を発射する。


 とりもちは鳥のゴーレムの股間へ、そして魔追槍はとりもちをたどっていき、一直線に空を貫ぬく。

 そして、風のとりもちが鳥のゴーレムの股間にくっついた瞬間! ほぼ同時に魔追槍の先端が股間を串刺しにし、大爆発を起こす!


”ドドカカッッーーンン!!”


『ふんぎゃぁ~~~!』

 股間を両手で押さえ、あたりを飛び回るイタチ。

 それを取り囲んで見ていた魔物たちは、イタチのその姿に腹を抱えて大笑いしていた。


「な、なんだぁ? あいつらはぁ?」

 カタツムリの目の形をした太古の【遠目】の装置をのぞき込みながら、黒薔薇の団、団長のイザヨイがあきれた声を吐き出した。

「イザヨイどうしたの?」

「ああ、オトメか。魔物連中、闇の魔術師たちを中心に輪になって宴会してやがる。ふざけやがって! いっそのこと、今の内に奇襲してやろうか!」

「落ち着いて、むしろあっちの方から時間を稼いでくれるから、その方がいいんじゃない」

「くそっ! むしろ風の部隊が戦っているからこそ、イライラするんだよな!」


 股間から煙を吹き上げ、空を跳ね回るようにデタラメに飛ぶ鳥のゴーレム。

「いやったぁ~!」

 それを眺めながら雄叫びを上げるカタリーナ。

「ほえ~! 本当にやっちまったよ」

「しゃ~ない。パーティーの主役はカタリーナで決まりだな」 


 そんなカタリーナの顔や体に、薄黄色のしずくが落ちてくる。

「ん? 何これ……雨?」

 カタリーナは顔を上げ、鳥のゴーレムの股間あたりから降ってくる水を手のひらで受け止める。

 それは自身も見慣れた水の色であった。


「ええっ~! これってひょっとしてぇ! おしっこぉ! うわっ!」

 突然! 飛行杖、そして自身の体の力が抜け、ゆっくりと降下していく。  

「しまっ! 《消魔水しょうますい》かぁ!」


 ――消魔水とは、文字通り魔力や付与された術の効果を消したり弱めることができる水のことである。

 これを浴びた魔術師は魔力を吸い取られてしまい、術を付与された武器や鎧、アイテムが浴びると付与された術の効果を一時的に弱くされたり、術が消滅する恐れもある。

 もっともデラ級以上の、恒久的に魔力や術が付与された武器やアイテムの効果は消すことはできず、たとえ浴びても一時的に効果を弱めるだけである。

 さらに消魔水を生成するのには多量の魔力や触媒を必要とするため、その用途はかぎられており、例えば呪われた武器や鎧、アイテムに振りかけて呪いの効果を一時的に弱めた後、所有者から取り除いたり、ダンジョンのトラップで、魔術師の上から太古のバラエティー番組のようにタライごと降ってくる程度である。


 さらに液体ゆえ蒸発したり、水で洗い流されれば効果がなくなってしまう――。


(みんなに知らせないと……残った魔力で」)

 降下しながらカタリーナは魔力を振り絞り、【デラ拡声】の術を唱え大声で叫んだ。


『消魔水よ! 気をつけて! 消魔すぃ……』

 消魔水によって術の効果が消え、語尾も消えゆくカタリーナの【拡声】を聞いたラクルムは皆に命令を下す。


『なんだと! 総員散開! 消魔水だ! 鳥のゴーレムの上へ飛べ!』

 風の隊員たちは慌てて上昇するが、地面を転げ回っているイタチにあわせて鳥のゴーレムも空中を転げ回っているため、広範囲で消魔水という名のおしっこを隊員たちへシャワーのように浴びせていた。


 ラクルムの命令を聞いた救護隊たちも慌てふためく。

「消魔水だって!」

「こりゃ~大変だ~」

「まさかこれを使うときがくるとはね」

「しまいっぱなしだったからなぁ。カビが生えてなければいいけど……」


 消魔水を浴びた隊員を【風の網】でキャッチすると、消魔水の効果で【風の網】が破れる恐れがあるため、救護隊たちは娑婆袋から若干黄ばんだ白い網を取り出すと、二人一組で網の左右を飛行杖に引っかけて、最初に落ちてきたカタリーナをキャッチする。


「おかえり~」

「最後が締まらなかったけど、よくやったね~」

 救護班はカタリーナに声をかけるも、カタリーナは泣き言を漏らす。

「ふぇ~ん……おしっこまみれ。これじゃパーティーに出られないよ~」

 しかし、そんなカタリーナに続いて次々と落ちてくる風の隊員たち。


「こりゃ~大漁だぁ~」

 べそをかくカタリーナにかまわず、救護隊は消魔水を浴びた隊員たちを、まるで落ちてくるリンゴを広げたエプロンで受け止めるように、次から次へと華麗にキャッチする。


 当然、網の一番下で潰されるカタリーナ。

「ちょ、ちょっと! あんたたち重いわよ! 少しは痩せなさい!」

「あ~ごめんね~。あんたより胸が大きいからね~」

「おしりも大きいからね~」

 泣き言も消え去ったカタリーナの怒声にも、他の隊員たちはどこ吹く風であった。


 救護隊はいったん琵琶の海へ降下して、隊員たちを満載した網ごと、何回も海へ沈めたり引き上げていた。

「ちょっとっ! ブクブクッ……」

「ゲボッ! ……あた……ちは!」

「ブハッ! 洗濯物じゃ……ないわ……ゴブッ……よ!」

「仕方ないでしょ。洗わないと消魔水の効果がなくならないんだから」


 救護隊員は両手のひらから【乾きの風】の温風を出し、隊員たちを乾かす。

「やだぁ~今度は塩まみれだ~」

「贅沢言わないの。誰か救護隊変わってくれる? あたしたちも一暴れしてくるわ」

 カタリーナともう一人が手を上げる。

「くそおっ! 仇とってくれ~!」

「あいよ~!」

「任せときな~」

 他の救護隊員も交代し、推進杖に残った最後の魔力を吹き出しながら、鳥のゴーレムの空域へと一気に上昇していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る