第六章 挑戦、シテマス

でぇとぉ、シテマス?

 ――ちょっと昔の、滝の山脈亭


「店長~うちの店も女性客を呼び込みましょうよ~」

 いつもまぶたを半分だけ開いている若い男の店員、《ニケル》が、閉店間際に店長に提案する。


 ちょっとの未来に、アデルに『おまっとぉ~』と言いながら黒糖豆のスープを運んだのが彼である。


 こう見えても彼はレベル三の冒険者。

 しかも、金色犬鷲の団の団員でもある。


『青玉キノコの群生地で三日間生き延びろ。食料は一切持ち込み禁止』

との入団クエストを無事達成し、しかも毒抜きの甘かった青玉キノコを食べた監視の団員を治療した功績で、見事一発合格した猛者である。

 

 そんな彼も、タメ口気味な話し方を先輩団員にたしなめられたが

『話し方に嫌味は感じない』

とのハヤブサからの実質的な無礼講を授かった。

 

 もっとも、ハヤブサの団自体、よく言えばフランク、ざっくばらんな話し方をする団員が多いのが現状である。

 

 また、自分を差し置いて、他人の礼儀にはうるさいナインからも

『あいつを怒らすと、《ナインスペシャル》の青玉キノコの毒抜きが甘くなる』

と言う、よくわからない理由で、彼のタメ口を特に気にしてはいなかった。

 

 そんな彼も冒険者としての壁、通称、《ナゴミの壁》にぶち当たり、今では旅団の炊事班として、遠征時での皆の食事を任されている。


「たしかになぁ~うちの店は華がねぇ。かといって女性向けのメニューもなぁ……せいぜいパスタぐらいか?」

 滝の山脈亭の店長、冒険者からは、《親父》と呼ばれている男が、顎に手をあて考える。


「そのパスタでいいッスヨ。実はちょっといい手が浮かんだんですけど、俺に任せてもらっていいっスカね?」


 休みの日ニケルは、かつてイヌワシのクエストを行った青玉キノコの群生地へ向かう。


 赤玉キノコが生える本の山と違って、見事なくらい人の気配どころか、クエストが終わったここ数年、誰かが踏み入れた痕跡すらなかった。


 赤玉キノコが生える本の山には当然、青玉キノコも生える。

 ならば、その逆は……。


 普段、赤玉キノコを採取している、入団クエストを監視する団員。

 その体に赤玉キノコの胞子をまとったまま、この群生地にやってきたとしたら……。


「へっへ! 思った通りだ!」

 さすがにステーキにするほどの赤玉キノコは見当たらないが、パスタに入れるのには十分すぎる大きさの赤玉キノコが、丸々と太った青玉キノコの影に隠れて立派に生えていた。

 

『毎週水曜日は、女性客のみ、赤玉キノコのクリームパスタが五ダガネ!』

 こじゃれたレストランの半額近い値段の張り紙を店に貼り、女性が多い旅団や魔導研究所にもチラシを配るニケル。

 

 ……が、そんなに甘くはなかった。


「まぁ気にするな。いきなり、よそ様より半値で出したところで、うちの店は元々女性が近寄りがたい雰囲気だからなぁ。おめぇさんはよくやったよ」


 閉店間際、ほとんど女性客が来なかったことに落ち込むニケル。

 それを親父が笑って慰める。

 さらにそれを、酔っ払ったナインが物陰から静かに聴いていた。


     ※

「おい! フラン!」

「断わる!」


 次の水曜日の夕刻、フランの店のカウンターで言葉、というより叫びを交わすナインとフラン。

 ナインが入店してから発した、たった一言ですべての議論は終了し、フランの店内には静寂のカーテンが下ろされた。


「なんで俺と飯に行くのを断わるんだぁ!」

「なんでお主と一緒に飯を食わねばならんのじゃ!」


 ナインは懐からニケルの作ったチラシを取り出すと、カウンターの上に叩きつけた。

 それを無言でのぞき込み、顔を上げるフラン。


「……わかった。女将や腐れ女ではなく、儂を選んだ英断に免じて、お主につきあってやろう。しばし待て。女の準備は時間がかかるからのぅ」

 それを聞いたナインも、店内で着替える。


 数刻後、フランの店から出てきたのは、ウッゴ君、ウッゴちゃんですら固まる二人の姿。

 黒の燕尾服に身を包んだナインと

 背中と胸の谷間、そしてスリットを強調した黒のナイトドレスを纏ったフランであった。


 時が止まる。

 冒険者や魔導師なら、一度は叶えたい願いである。


 それを今日この時、ヤゴの街の冒険者や魔術師、そして街の人間まで、時が止まる瞬間を己の体で実感していた。


 街の通りを腕を組みながら、並んで歩くナインとフラン。

 二人とすれ違う、いや遠くから二人の姿が目に入った瞬間、彼らの時は止まり、目と口は限界まで見開いた。


 普段、ナインを怒鳴り散らすカッペラですらあっけにとられていたが、ただ一人イネスだけが、並んで歩く二人を優しい眼差しで見守っていた。


「いらっ……」

 いつもダミ声を発している滝の山脈亭の親父ですら、あまりの光景に挨拶どころか言葉すら忘れた。


 フランの為に、椅子を引くナイン。

「ありがとう、”ナインさん”」 

 それに腰を下ろすフラン。


 他の席に座っている冒険者も冷やかしやからかうどころか、メデューサににらまれ石化したかのように、微動だにしなかった。


「い、いらっしゃいませ。フラン様……ナ、ナインさん。ご注文は……」

 ニケルすら、レストランの給士のように、戸惑いながらも丁寧な言葉遣いで注文を尋ねる。


「こちらの”フラン様”には、チラシにあった赤玉キノコのクリームパスタを。”わたくし”にはいつもの青玉キノコのクリームパスタで。あと、黒リンゴ酒を一本」

「か、かしこまりました」


 ナインの手によって、二つのグラスに黒リンゴ酒が注がれると、

「美しき貴女に」

「素敵な貴方に」


 もはや、いつこの世が終わってもおかしくない言葉が、二人の口からつむぎ出されると、微笑みながら二人は乾杯をする。


 そして、ニケルが作ったパスタが運ばれると、にこやかに談笑しながらそれを平らげる二人。

 帰りには

「チップ込みです」

と、多めのお金をナインは支払った。 


「あ、ありがとう……ございました」

 親父でさえも、丁寧にお見送りの言葉を二人に向けた。


やがて墓地へ着く二人……。


「く……くく……ぎゃあ~はっはっはっは!」

「にゃ、にゃいん! にゃにが、お。おかしいんじゃああっはっは!」


「なにが、『素敵な貴方に』だぁっはっはは! い、いつもは『糞!』『肥だめ!』って言っているくせによぉ~!」


「お、おぬしこそぉ~! にゃにが『美しき貴女に』だぁっはっは! も、もはや顔面の筋肉が、け、痙攣どころか、な、雪崩のように崩壊しておったぞぉぉ!」


 墓地へ轟く大爆笑の暴風が収まると……

「……すまねぇな。見世物にしちまって」

「かまわぬ。たまにはこんな余興も悪くないぞ……」

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