相対、シテマス
月の光すら遮る厚い雲が空を覆う夜、
そんな漆黒が支配するヤゴの街の広場の中、闇を身にまとった一人の男が、ねぐらで寝息を立てるアデルへと近づく。
男は腰から
次の瞬間! 目にも止まらぬ早さで寝ているアデルの心臓へ一気に突き刺した!
「!」
これまで数え切れないほどの人の肉、その心の臓を貫いた感触とは明らかに違う手応えに、男の顔は驚愕の表情を浮かべる。
「《小心者の魔神》様が自ら出張ってくるとはなぁ、どういう風の吹き回しだい? とうとう俺様の【糞騎士から盗んだ、ドエリャア姿変化】すら見抜けないほど追い詰められたってか? 《メテヤ》……いや”イタチ”って呼んだ方が呼び慣れているんだっけか?」
雲が晴れ、月明かりがヤゴの街の広場に落ちると、一分の隙のない漆黒の執事服に身を包んだイタチは、丸まった毛布に刺さったレイピアを抜き鞘に収めると、振り向きもせず後ろの男に問いかけた。
「これはこれは、ラハ村一帯を肥だめに姿変化させた、《
二人の男は背中で向き合いながら相手の名前を確認すると、背中越しに互いの腹を探り合っていた。
わずかな沈黙の後、先に口を開いたのはイタチだった。
「どうやって僕の結界に進入したんですか? いくら貴方が九官鳥でも、《マ神の結界》を瞬時に解析して、こうも易々と進入できないはず?」
イタチの疑問をナインはあっさり答えた。
「やっぱり魔神同士、結界の張り方はある程度似通っているんだよな。日々、《暗黒女王》の結界を破っている俺様から見れば、おめぇさんの結界を破るのはよ、歓楽街のお姉ちゃんのスカートをめくるよりもたやすいぜ!」
「全く……、”冒険者学園時代”から、貴方の覗きの執念には感服いたしますよ」
両手を広げながら肩をすくめるイタチに、
「”一匹の魔物も倒していないのにレベル十になった”おめぇさんにはかなわねぇよ」
「そういう貴方も、フランさんやお役人様の小間使いでレベルを上げた口ですけどね」
イタチは冒険者学園の講師の様に説明をはじめた。
「そもそもこの冒険者リングは、
イタチは顔を上げ、遠い目をする。
「冒険者学園の授業を憶えていますか? 太古の昔は結婚どころか会話ですら、近隣のレベル同士でしかできなかったんですよ。もっとも、”この世になってから”は、なぜか強さを表す数字として認知されましたけどね」
「あいかわらず小難しいことをべらべらしゃべりやがって。立ち話も何だし、ここに座れよ」
自分のねぐらに腰を下ろすと、ナインはアデルのねぐらを叩きながらイタチに勧めた。
「アデル君のねぐらもいいですが、前々からナインさんの、《
「へっ、こいつはな、自分と同等の奴じゃねぇと体を預けてさせてくれねぇんだよ。”今の”おめぇさんでは例え寝たところで、肥だめに向かってはじき飛ばされるのがオチだぜ。それに、魔神の姿でこいつに近づいたら、《自分より強い、遙かに格上》とみなして、身を守る為に【ドエリャア魅了】と【ドエリャア睡眠】の魔法で、今頃おめぇさんは出ベソ丸出しで大イビキをかいているぜ」
「”ナインさんに蹴飛ばされたアデル君”じゃあるまいし、僕はもう少し品のある寝相をしますよ」
イタチの言葉ににやけ顔のナインは腰の袋から小樽を取り出し一口飲むと、”飲め!”とばかりにイタチに勧めた。
ナインとの間接キスは今更だが、どうせ安酒だろうと顔をしかめていると”ほれっ!”と、さらに勧めてくる為、イタチは仕方なく樽を手に取り一口含んだ。
「!」
「どうでぇ! 日々、貴族の酒を味わっているおめぇさんの舌すら
ナインは糞騎士から貰った小樽をイタチから受け取ると、じっと見つめながらイタチに愚痴っていた。
数回樽を酌み交わした後、酒のせいで舌が回るようになったのか、イタチの方からナインにあれこれ問いかけ始めた。
「ところで今、アデル君はどこにいるんですか?」
アデルを殺そうとしていた男の問いかけにも、ナインは包み隠さず教えた。
「暗黒女王の馬小屋で寝ているぞ。事を構えたいんなら……止めやしねぇがな。だが、神の遣いである白き鳥を取り込んだ坊主に何かあれば、貴婦人が地下十七階のダンジョンから魔導研究所ごと破壊しながら飛び出して来るぞ」
「……」
「んで、《第五の
ナインは太古の絵巻に出てくる
「僕の力を見くびって貰っては困りますね。例えあの御二方が相手でも、僕はなんら引けをとりませんよ。ただ……」
「ただ……? なんだ?」
「実は過去に数え切れないほど、あの御二方とは
「なにぃぃぃー!」
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