タックル、シテマス

(……俺様としたことが、自分が冒険者であることをすっかり忘れていたぜ)


 全身を中古の鉄の鎧で包み込んだナインは、三度、イネスのパン屋を観察する。

 そしてイネスの店から出てくるウッゴ達。


 【透視】の魔術で、袋にはパンのみが、ウッゴ達もただのゴーレムであると確認する。


「それっ!」 

 そして今度はスるのではなく、ウッゴ達の前に立ちふさがる。体を前屈みに倒し、片手を地面につけるポーズをするナイン。


 それは太古の競技、《アーモンド投げ》の選手の構えの一つだった。


 対するウッゴ達も、ウッゴちゃんが袋を両手で持ち前屈みになり、その真後ろに、頬を朱に染めたウッゴ君が立つ。

 ウッゴちゃんが股の間から、ウッゴ君めがけて袋を放り投げた瞬間!


「うおおぉぉ!」

 ナインが咆吼を上げながら突進してきた。


 袋を受け取るウッゴ君。突進してくるナインを見ると、ほんの一瞬、判断を躊躇した。


「さあ、その袋をパスするか、てめえが走るか……。早く決めねぇと俺が潰しちまうぜ」


 させじとウッゴちゃんがナインに飛びつくが

「あらよっと!」

 ナインはウッゴちゃんの頭を片手で押さえながら華麗にジャンプをする。


 それを見たウッゴ君は後ろを振り向き、全力で走り出した。それを追いかける為、スピードを上げるナイン。


「チッ! 鎧が重くて速く走れねぇ。どうする? 脱ぐか? いや、このままやってやる!」

 

 フェイントを織り交ぜながら、街の路地を縫うように走るウッゴ君。

 しかしナインは、フェイントに惑わされず、ぴったりウッゴ君の後をくっついていた。


「もう少しだ……なにぃ!」

 十字路の右側からウッゴちゃんが飛び出してきて、ウッゴ君と交差する。

 ウッゴ君はそのまま直進、ウッゴちゃんはそのまま左の路地へと走っていった。


「どっちだ? どっちが袋を持っている?」

 十字路の真ん中で、ナインは少しのパンの匂いも漏らさず、全力で辺りの匂いを嗅ぎ回っていた。

 そして一生懸命、記憶をたどる。


「こっちだ!」

 十字路を左に曲がり、ナインはウッゴちゃんの後を追いかける。

 左の道に漂うパンの香りと、一瞬、イネスの店の袋を抱えているのが見えたからだ。


 ウッゴちゃんの背中を追いかけるナイン。

 女の子タイプだからなのか、その足の速さはウッゴ君と比べて明らかに遅かった。


「もらったぁぁ!」

 ナインはジャンプし、ウッゴちゃんの腰めがけてタックルする。 

 ウッゴちゃんは倒れながら、少しでも遠くにと、手にした袋を前へ放り投げる。


 すぐさま起き上がったナインは慌てて袋をつかむと

「な! 空っぽ! クソッタレ!」

 パンの残り香が漂う袋を、地面に叩きつけて踏みにじる。


「てめぇら、あの一瞬で中身を移し替えたあとに、袋も交換しやがったのか! そんで、少しでも遠くに投げたのも、時間を稼ぐ為……」


 振り向いたナインが見たのは、”ニヤリ!”といやらしい笑みを浮かべたウッゴちゃんだった。 


 冷静になったナインは両手の薬指を伸ばし、己の両足に【壁走り】の魔術をかける。

「うおおぉりゃあああ!」

 勢いよく建物の壁を駆け上り、屋根の上からウッゴ君を捜す。


「あそこか! このナイン様を甘く見るんじゃねぇ!」

 

 ウッゴ君の行く先へ向かって、己の体を【跳躍】の魔法で跳ばす。

 一瞬のうちにウッゴ君の頭上に現れたナインは、ウッゴ君を背中から押さえつけた。


「へっへ。おとなしくしろ! 街中で爆発出来るモンならしてみろってんだ!」

 ウッゴ君は背中からハリネズミのようにトゲを出すが、ナインの鉄の鎧に阻まれた。

 そのナインの背中を、追いついたウッゴちゃんがポカポカ殴り、脚で踏んづける。


「無駄無駄! どうせおめぇは女だから、たいした力や能力はないのだろ? このままこいつをバラバラにしたあとで……ん? 焦げ臭い? 俺のケツ?」


 ナインが振り向くと、ウッゴちゃんの口から炎が、しかも、ボーアの工房で見た、鉄をも溶かす白金のような炎を、勢いよくナインの尻に向かって噴き出していた。

 鉄の鎧のおしりの部分が真っ赤になり、やがて煙を吹き出す。


「あっ~~~ちぃ~~~!」


 慌てて飛び上がり、街中逃げ回るナイン。


「なんで木のくせに火を吹くんだ!」

 その後ろを、ウッゴちゃんはぴったりくっついて、ナインの尻に向けてピンポイントに炎を噴き出していた。


「水! み~ぃ~ず~ぅ~! とぅ!」

 ナインは広場に着くと、噴水めがけてジャンプする。


 しかし、先回りしていたウッゴ君は辺りの景色、飛び上がるナインを見て、何かを計算するかのように考えていた。


 そして、一瞬で答えを導き出すと両膝を曲げ、ナインに頭を向けて一気にジャンプする。

 それはまるで、ガレー船の大砲から放たれる砲弾のようだった。


”ドッカ~ン!”

「あ~~れ~~!」


 空中でウッゴ君と衝突し、ビリヤードの玉のように明後日の方角へはじき飛ばされるナイン。

 飛ばされたナインが落ちた先……それはウッゴ君の計算のたまものだった。


”チャポン! ジュッ!”

 ナインが落ちた瞬間、肥だめから茶色の煙が吹き出した。

 

     ※

(認めるぜ……お前は強い! だから、俺様も全力でいかせてもらうぜ!)

 墓地の入り口の前でフル装備のナインが仁王立ちになりながら、ウッゴ達を待つ。


 体には、銀色に光り輝く鋼鉄の鎧。手には光り輝く剣と盾。

 やがて広場の方角から、ウッゴ君が歩いてくるのが見える。


「さぁ! 来やがれ!」

 フルフェイスヘルメットの格子状のバイザーを下ろし、ウッゴ君に向かって吼える。


 盾をウッゴ君に向け、剣を構える。同時に、体に闘気と魔力をたぎらせる。


”ズシン!”

”ズシン!”

 鋼鉄のブーツの底から脚、腰、胸、そして頭へ、ナインの体の中を振動が貫く。


(ちっ! こんな時に……隣の魔導研究所で変な実験をしてやがるのか?)

 ナインは魔導研究所の方を一瞥し、改めてウッゴ君と向き直る。


(てかあいつ、えらいゆっくり歩いてくるな……)

 かつて、超高速で自分を追いかけてきた姿と違い、今のウッゴ君の手の振りや脚の動きは、まるで山を登るがごとく、一歩一歩、大地を踏みしめていた。


 しかし、その割には、まるで今にも目の前にいそうな距離だった。

 格子状のバイザーからナインの目に写るのは、ウッゴ君の頭、顔、首、胸、おへそ、ひざ……、そして最後には、足の親指になっていた。


「は……は、はぁひぃぃぃ!」

 バイザーを上げ、奇声を上げながら天を見上げるナイン。

 自分の目の前にいるのは、巨人族をも思わせる、巨大化したウッゴ君であった。


 ナインのダミ声を聞いたウッゴ君の動きが止まり、巨大な顔が、ゆっくりとナインを見下ろしていた。


「や、やぁ,ウッゴさん。本日はいいお天気で……」

 盾と剣を捨て、笑顔で挨拶を交わすナイン。しかしナインの顔を確認したウッゴ君は、歩みを再開する。片足を上げ、ナインが立っている地面に影を落とす。


「ちょ! 待てぇ! 俺はまだ何も……」

 

”寝ているナインを見かけたら、遠慮なく踏んづけてしまえ!”

”寝ているとは、お主の目線より下に、ナインの顔があることじゃ!”


 かつてフランから下されたその命令を忠実に守り、背を向け逃げようとするナインに向かって、正確に己の脚を下ろす。


「ああああぁぁぁぁ!」

”ズシン!”

”プチッ!”


     ※

 ナインは己の拳を、フランの店のカウンターに向かって全力で叩きつけた。

「いい加減にしやがれ! これじゃ命がいくつあっても足りやしねぇ!」


「お主、最初に自分をスリや盗賊と見立てて襲うと言ったじゃろうが。大切なモノを奪われるとあっては、抵抗する方も命がけじゃ。お主も冒険者じゃろ? 何を当たり前のことで怒っておるのじゃ?」

「くっ!」


「それに、これは思わぬ効果じゃが、お主が非道い目にあうたびに、街の者が喜び、儂のゴーレムの株が上がっておってな。今では、あやつらに服やリボンをプレゼントする者まで現れておる。……お主、相当嫌われてたんじゃな」


「……」

 もはやナインは、無言で苦虫をかみつぶしていた。


「とまぁ、これではお主もおもしろくなかろう。ここまで苦労をかけた礼に、多少の必要経費を今すぐ払ってやろうぞ」

 

 フランは胸の谷間から袋を取り出し、カウンターの上に置いた。

 無言でそれをかっさらうナイン。


「けっ! もうやっとれるか!」

 きびすを返すナインに、フランの妖艶な声が背中をなでる。


「そう怒るな。今度はお主の得意分野で決着をつけようではないか。さらに、成功報酬をもっと上げてやる。うまくいけば、一万が二万、いや、十万になるかも知れんぞ!」

 フランはナインの顔を見つめながら、妖しい魔女の微笑みを向けていた。

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