協賛、シテマス

 街の広場の掲示板の前では、大勢の人だかりが出来ていた。


「どうしたんだ?」

「決闘だってよ。決闘!」

「今度のヤゴの市の余興で、フラン様のウッゴ君とナインが、殴り合いの決闘するんだよ」


「なになに……ナインが勝ったらあいつに賞金一万ダガネ。賭の胴元は……フラン様だって!」

「殴り合いなら、ナインのヤツに分があるかもな。毎日のように酒場で殴り合っているしな」


「でもよぅ、今までの戦歴を見るに、どうせみんなウッゴ君に賭けるんだろ。そうなったらどうなるんだ?」

「そん時は……ナインへの賞金一万ダガネをみんなで山分け! しかも、もし足りなくなったら、フラン様が自腹で追加するんだってよ!」

「本当か! こりゃ、今のうちから金を貯めておかねえとな!」


     ※


 ウッゴ君とナインの《殴り合い》で沸くヤゴの街。その主催者であるフランの店に、一人の紳士が訪れた。


「本日はお忙しい所、お時間を取らせて申し訳ありません。フラン様」

「かまわぬ。飛ぶ鳥だけでなく、淑女をも”おとす”勢いの《ヘルムド》殿の来訪は、むしろワシの方から望んでおったぐらいじゃ」


 街の男達から《人妻殺しマダムキラー》の二つ名で呼ばれる三十過ぎの商人、ヘルムドは、胸に手を当て、うやうやしくフランに向かって礼を捧げる。


 整えられた黒髪に髭。商人の代名詞でもある肥満さはなく、冒険者ほどではないが、外からでもわかるたくましい肉体。

 その体を包み込む、派手さはないが一流の生地と仕立屋によって作られた服。


 まるで背中に杭でも打ち込んだかのように、ゆるみのないその姿勢は、ある意味、ナインとは正反対の容姿であった。

 さらに独身であることが、街の女性の噂話の中心でもあった。


「買いかぶりすぎです。荷物運びの人夫から何とかここまで成り上がってきた者。やっと中堅商人の末席、冒険者で例えますと、レベル四になったばかりというところですか」


 フランは、ウッゴ君が煎れた紅茶を一口含むと、単刀直入に聞く。

「で、破産寸前の墓守に、いかなる用事で貴重な時間を割いてくれたのじゃ? 儂の体を担保に金を貸してくれるというのなら、むしろありがたいが……」


 フランの冗談に眉一つ動かさないヘルムドは、同じく単刀直入に用件を話す。

「此度の決闘の興業。このわたくしにもお手伝いさせて頂きたく、お願いに参りました」


「手伝いと言っても、昔みたいに人夫となって、決闘場のやぐらを組むというわけではなさそうじゃな? ……とりあえず話しだけでも聞かせてもらおうか?」

 フランの”眼”が妖しく光る。それに呼応するかのように、ヘルムドの”目”も紳士から商人の”眼”へと変わる。


「特等席?」

「はい。此度の決闘、お役人様や商人の間でも結構な噂となっております。しかし、闘技場コロシアムなら特等席がありますが、広場にはそれがない。観戦はしたいが、街の人々に、もみくちゃにされながらの観戦には抵抗がある」


「そこで、決闘場の回りに特等席を作るという訳か」

「左様で。そこで、特等席の斡旋あっせんを、このヘルムドに一任、と言う次第でございます」

 フランは顎に手を当て考える。


 ――ヤゴの街は帝国の直轄地、そして帝国東方部の要であるがゆえ、帝国の省や庁の支部が存在する。

 その為、支部長の権力は、町長よりも遙かに格上である。

 またフラン自身、帝都から派遣された墓守。つまり帝国墓地の支部長ゆえ、他の支部長と同格であった。

 さらに、魔導師であるがゆえ、他の支部長からも一目置かれている存在である――。


無料ただで斡旋するわけではなかろう? お主の取り分は?」


「フラン様9、わたくしが1で……。その中で、わたくしのもうけの半分を、決闘場に掲げるわたくしの店の看板代としてフラン様へ納めさせて頂きます。

 さらに、特等席のテーブルや椅子、飲み物や料理も、全てわたくしの方でご用意させて頂きます」


「それでは確実に、お主が赤字になってしまうぞ? 下手したら破産じゃ! ん? その顔は……何を企んでおる?」


「さすがです、フラン様。最も、最初から全てをお話しするつもりでおりました。端的に言えば、この興業で、わたくし自身がお役人様や大商人との”お近づき”のきっかけになれば……と愚考いたしております」


「儂には商人のほうことわりはよくわからんが? ……つまり、お主が役人や大商人を接待するホストになると言うことか? 

 ……ついでに、己の名と顔を”売る”と?」


「ご明察恐れ入ります。わたくしは元を正せば、伝統も格式もない、ただの人夫。お役人様や大商人との”お近づき”は、よほどの大金を積んでも成功するとは限りません。よくて、門前払いと言ったところでしょうか」


「……ふむ」

「わたくし自ら、フラン様の使いとして《招待状》を直接、席を買われた方々へお渡しすることだけでも、十分意義があるといえます」


「……まだあるのじゃろ?」

 フランは紫の唇を歪め、妖しく微笑む。


「はい、実は、特等席のテーブルから椅子、酒の数々はわたくしの店で扱っているモノです。もし、どれか一つでも、お役人様のお目に止まるモノがあれば、わたくしやそれらを作っている工場こうばや職人達に利があります。さらに、それを聞いた他の工場や職人が、わたくしの店に自分の商品を売り込んでくるかもしれません


『ヘルムドなら、高く売ってくれる』……と」 


「……なるほどのう、


『商人の真実はきんの、噂は銀の価値がある』


とはよく言ったものじゃ……ようしわかった! このまま借金まみれになるよりは、お主の”糞”にまみれた方が良さそうじゃな!」


「感謝いたします。それではこちらにサインを……」

 ヘルムドはカバンから契約書を取り出し、ペンと共にフランの前に置いた。


「ふん! 儂と会談した時点でお主の勝ちという訳か。ところで、席の売り方はどうするのじゃ? いくら儂でも役人はともかく、大商人との”お近づき”はないぞ?」


「広場の掲示板へ、『協賛 ヘルムド商会』の一文を入れて下されば、”噂”を聞いた方々が私の元へ参上すると思います。後、お役人様のお相手も、この私めが……」

「あ~わかったわかった。好きにせい!」


 興奮という火に向かって、噂という油が注がれる。

 ヤゴの街の民衆は、あっという間に、今回の決闘にはヘルムド商会が関わり、さらに、セレブ向けに特等席を販売する噂を広めてくれた。


 フランの店には、役人や大商人の使いの者が、次から次へと訪れるが

『特等席に関しては、ヘルムドの奴に一任してある。あやつに聞けぃ!』

と、その場で宣言した。


 ヘルムドの元には数多くの使いが訪れ、毎日のように役人や大商人の屋敷に、フランからの招待状を届ける日々が続いた。


 同時に彼は、決闘場や街の人が立ち見するやぐらの材料や、それらを組み立てる人夫。

 特等席用の机や椅子、酒や料理の手配まで精力的に動き、


『一体、我等の主人はいつ寝ているのか?』

と、側近や部下達が心配するほどであった。


 ヘルムドの名は冒険者の間でも広まった。

『でかい赤玉キノコほど、ヘルムド商会が高く買ってくれる』と。


 しかし、成功に妬みはつきもの。

 うまいことフランに取り入ったヘルムドを妬む他の商人からは


『ヘルムドが己の利のために、フラン様を”おとした!”』

と、ヘルムドを中傷する噂を広めていたが


かねや利の噂ではなく、下品な噂に精を出すようでは、その商人の先はないな!』

 フランの凛とした一喝に、あっという間にその噂は沈静化した。


     ※


「……まるで蟻”地獄”じゃな」

 店内でヘルムドの図面を確認したフランが思わず苦笑する。


「太古の昔、決闘場を取り囲む観客の様子から、決闘場のことを《指輪リング》と言ったそうです。こちらの設計図でよろしければ、今すぐにも作業にかかりますが……」

「わかった。よきにはからえじゃ!」


 図面の中心に位置するのは、殴り合い用の四角いやぐら。

 高さは大人の胸ぐらい。

 四つの角の上に柱を立て、等間隔にロープを上から下まで張り巡らした、一種のおりと言ってもよかった。

 

 その回りには大小の丸いテーブルに二つから四つの椅子を置いた特等席、さらにその回りを柵で囲い、街の人が無料で観戦出来る階段状のやぐらが組んであった。

 

 そして、これまでない興奮の中、月日は八日になり、ヤゴの市の日が訪れた。

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