決闘当日、シテマス

 決闘当日。

 さすがに噴水は禁止されたが、観戦のため、木の上や屋根に上る者まで現れ、中には、金を取って窓から観戦させる家まで現れた。

 さらに、観客目当てにこれまで以上の屋台が現れ、広場一帯に美味い食と酒の香りを漂わせていた。

 

 特等席の一番後ろのテーブルに、ドレスを着たフラン、イネス、そして礼服を着た町長とその婦人が座る。


「こんなにヤゴの市が賑わうとは、わたくしが町長に就任して以来初めてのことです。しかし、よろしいのですかフラン様? 事によっては大損いたしますが……」


「なぁに、協賛金や特等席の席代もある。何より、儂のゴーレムをかわいがってくれた街の者達への、せめてもの礼みたいなモノじゃ」


 ヘルムド商会が宣伝のために看板をつけると知るや、他の商人達もフランの元へ訪れ、協賛金を払い、会場の回りは看板だらけとなった。


 役人や大商人が、柵で囲まれた特等席に来訪するたびに、招待状を受け取ったヘルムドがうやうやしく席へと案内する。

 リングの高さが大人の胸の高さのため、見やすいようにテーブルも椅子も、台座の上に置かれていた。

 そこへ、ヘルムド商会の若い女性従業員達が甘美な肢体に美しいドレスをまとい、華やかに歓待を行う。


     ※


「ああ! 糞! なんでこんな時にお役目なんだよ! ウッゴ君とナインさんの殴り合い、俺も見たかったなぁ!」


 ちょっとの未来に、アデルに野営を許可した若い門番は、北門から広場の方をちらちら見ながら、せわしなく地団駄を踏んでいた。


「門番殿。お役目お疲れ様です。交代のお時間です。ここは私めが役を引き継ぎましょう」

「え? 交代はまだ先……って、あ、貴方様は!」

 振り向いた門番は震えながら、蒼白の鎧に身を包んだ、目の前の男の名前を呼んだ。


「蒼き月の……聖騎士団長、ヴォルフ様!」


「各門や街の警備は、我ら蒼き月の者が引き継ぎます。警備隊にはアルゲウス様が話を通してあります。ささ、早く広場へ行かれよ」


「え、本当に? ……あ、ありがとうございます! し、失礼します!」

 門番は槍を構えて敬礼する。それに答えるように、ヴォルフも蒼白の闘気を纏った剣を抜き、己の目の前で掲げる。


 一目散に広場へ走る門番。

 やがて歓声が沸く広場を見ながらヴォルフは一人、心の中で呟いた。


(……まったく、アルゲウス様がおっしゃったように、あやつめはいつまでたっても”ろくでなし”だな。しかし、そのろくでなしさが、時には大勢の人々を引きつける。私には出来ないことだ……)


 遠い過去へとさかのぼり、なつかしい思い出に浸るように、今のヴォルフの心は頭上の青い空のように澄んで穏やかだった。

 そして、これまで一度も思ってなかったことを呟いてみた。


「いつか……私も何か一つ、余興を習得してみるか」


     ※


 今回の殴り合いで一番の問題は、誰が審判レフリーをするかだった。

 そもそも、ナインを御し得る人間が、このヤゴの街には数名しかいなかったからである。


 フランは主催者&ウッゴ君の保護者の為、不可。

 イネスは、ナインやフラン、そして他の冒険者が魔術を使わないよう見張る立会人。


「あの時のあたしは、特に考えなしに立会人を引き受けたけど、後から考えれば、あたしもウッゴ君に賭ければよかったなぁ」

 両肘をテーブルにつき、両手の平の上に顎を乗せて唇を尖らせているイネスに対して、アデルは苦笑し、カッペラはジト目でイネスを睨んでいた。 


 そんなカッペラは一人、菓子パンやジュースを売る、イネスの屋台を切り盛りしていた。


 蒼き月の教団、聖騎士指南役のアルゲウスは

『あのろくでなしが、街の皆を楽しませようとしておるんじゃ。そして警備隊も元を正せば街の人間。ここは儂らが一肌脱ぐか!』

 

 元々、それほど娯楽に興味がない蒼き月の聖騎士達。

 ヴォルフもまた同様である。

 そんな彼らを束ねて、門や街の警備へと繰り出した。

 

 金色犬鷲の団、イヌワシは、団員が賭けや観戦するのには許可したが、自身は関せず。


 決闘開始までの場を持たせる幕前歌として、牛追い男姿をしたイタチが、リングの上をリュートを弾きながら歌い踊っていた。

「せっかくのお仕事をさ、逃すことはないってさ!」


 白百合の団と黒薔薇の団は、すすんでフランに協力した。

 黒薔薇の団は、イザヨイを筆頭に会場の一角にもうけられた女性専用の観戦エリアの警護。


 白百合の団、オトメ以下団員は白百合の花びらのようなドレスを纏いながら、協賛するヘルムド商会の看板や慌てて協賛金を出した大商人の店の看板を、リングの上で高々と掲げていた。


 灰色熊の団、ハイイログマは、すすんでナインのセコンドにつき、その部下達は立ち見の観戦者の整理をしていた。


 結局選ばれたのは

「ちょうど仕事がなかったから、フラン様からの依頼、引き受けるぞい。金があったらウッゴ君に賭けたかったぞい」

と、鍛冶屋のボーアが報酬目当てに二つ返事で引き受けた。 


     ※


 フランとイネスがリング上にあがる。

『ただいまより、ウッゴ君とナイン殿の決闘を開始します!』

 【拡声】の聖法が付与された唇で、立会人のイネスは高らかに宣言する。


『うおおぉぉぉ!』

 それと同時に、特等席から拍手が起き、立ち見席や木や屋根の上から、地響きのような歓声が噴き上がった!


 リングを降りたフランは、せっかくの料理にナインの汚い唾や血が入らないよう、そして、立ち見客がモノを投げ入れないように、リングの回りと、特等席と立ち見席の間に結界を張り巡らした。


 リング上へ向かう花道の奥で、短パンにブーツ、両手には厚い革手姿のナインは、隣に立つハイイログマに声をかける。


「おい、ハイイログマ。てめぇどっちに賭けたんだよ?」

「はっはっは! 安心しろナイン! おめぇに十ダガネだよ」


「へ! だったら今から金の使い道を考えておきな! この俺様が千ダガネにしてきてやるぜ!」

 ナインは、革手袋に包まれた拳同士を叩きつけた。


「ちなみにウッゴ君にはな、百ダガネ賭けたぞ!」

「てめぇ! 肥だめに落ちやがれ!」


 ――ちなみに賭のレートは、もはや収拾が付かず、

 ウッゴ君が勝ったら一割。

(その代わり、掛け金は十ダガネから、十単位で。二十五とかは不可)。


 ナインが勝ったら百倍。

(掛け金最低一ダガネから一単位でオッケー)

にして払うと、フランは宣言した――。


 聞こえやすいようにと、審判のボーアの口にも、拡声の魔術が付与されていた。

『え~、オッホン! 決闘にあたり、両者の紹介をするぞい! 青の方角~。ヤゴの街広場をねぐらにしている~。《ろくでなしの~、ナイ~~ン!》』


「もう少し、かっこいい呼び方はねぇのかよ」

 呼ばれたナインが両腕を掲げながらリングへと向かう。


『ブー! ブー!』

『くたばりやがれ! ナイン!』

 ナインに向かってブーイングの雨が降り注ぐ。


「うるせぇ! 少しは俺様を応援しやがれ!」

「がっはっは! えらい人気じゃのう!」

 

『赤の方角~。ナゴミ帝国、ヤゴ国営墓地所属~。フラン様の忠実なる家来~。みんなのアイドル~。《ドエリャア爆炎の~ウッゴ君~!》』

 ウッゴ君はセコンドにウッゴちゃんを引き連れて、悠々とリングへと歩いて行く。


『うおおぉぉ!』

『ウッゴ君! 素敵よ~』

『ナインなんか、こてんぱんにしてやれ!』

 

「がっはっは! えらい人気じゃのう!」

 ハイイログマがナインと同じ言葉を、ウッゴ君にも向けた。

「なんで、あっちの二つ名の方がかっこいいんだよ!」


 そしてボーアは、二人に向かってルールの確認をする。


『いいかお前達、決闘開始して三刻たったら、あのゴーレムが鐘を鳴らすぞい。そうしたら一刻、休憩ぞい。一刻経って鐘が鳴ると、決闘再開ぞい』


公正を期すため、フランは魔導研究所から、時間計測用のゴーレムを借り受けた。


『あと、攻撃は己の拳のみぞい。武器、魔術はもとより、爆発、トゲ、頭突き、倒れてからの踏みつけ、火を吹いたり、ましてや巨大化するのは禁止ぞい。

 特にナイン、気をつけるぞい!』


「ざっ! けんじゃ、ねぇ! 今言った反則は、みんなこいつらがやったんだぞ!」

 ナインは二人に拳を向けながら、ボーアに向けて怒鳴りちらす。


 そんなナインの様子に、ウッゴ君の顔が一瞬、”ニヤリ!”と歪む。 


『足の裏以外が地面に付いたらダウンしたと見なして、じゅう数えるぞい。倒した方は白い杭の場所で待っているぞい。十数えても立ち上がらなかったら負けぞい』


「へ! 見てな、瞬殺してやるぜ!」

『それでは、決闘開始ぞい!』


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