第一章 東の園合戦、シテマス

大騒ぎ、シテマス

逆さ傘。

 それは、太古の首都クラスがあったとされるクレーターと、その中心からそびえ立つ細長い塔をあわせた一大魔導都市。

 その名の由来は、塔が傘の、クレーターの表面から塔へと伸びる幾本もの連絡通路が傘の骨に見えることからそう呼ばれている。


 しかし、幾人かの魔導師からは

野壺のつぼからそびえ立つ、でっかいサナダムシ》

と揶揄されてもいる……。


 塔の頂上に設けられたあるじの私室。そこへ向かって駆け込む一つの”モノ”があった。

 ふすまを開け飛び込んできた《婆藪ばす仙人》が目にしたモノ。


 太古の部屋を模した畳の上にお布団を敷き、スケスケの”ねぐりじぇ”を纏い、うつぶせに寝転がりながら臀部でんぶという小山を半分あらわにし、太古の賞味期限が書かれたポテトスライスをほおばり、投影装置に映し出された太古の娯楽品、活動木偶絵巻あにめいしょんを見ている塔のあるじの姿だった。


「失礼します聖観音アーリア様! ……ああなんと! またそんなふしだらな格好で! じいは嘆かわしいですぞ!」

「別にいいじゃないのバス爺。入傘式も終わったんだし~のんびりさせてよ~」


 バス爺はあごから伸びた長い髭を振り乱しながら、塔の主に向かってつばを飛ばす。

「のんびりしている場合ではございませんぞ! 我が倉庫から太古の発掘品が盗まれましてございます!」


「そんなのいつものことでしょ? 盗むと言ったって犯人はどうせアルドナインドラハぐらいしかいないんだし~。なんか最近、サタァンちゃんがそばに来たから”すてんれす”だか”のろいぜ”とかになったみたいだから~、


『太古のをた○ちんがハァハァしながら読む薄い本』


を盗んだぐらい大目に見なさいよ~」


「そんなはした物ではございません! 盗まれたのはもっと大きなものですぞ! これをご覧下さい!」

 バス爺は盗まれたリストの紙をアーリアに差し出した。


 ・けったますぃ~ん

 ・黒猫の置物。

 ・鶴のような鳥の置物。

 ・太古の神の像。

 ・《あしの沼》から引き上げられた二体の大型ゴーレムと細長い杖。

 ・太古のいかずち発生装置 七百五十八個。


「ふぅ~ん。こんなのなんに使うんだろうね~? 別にいいんじゃない、ほっといても」

「そんなわけにはまいりません! そもそも、我が逆さ傘の倉庫から盗める”モノ”がどれだけ”この世”におりましょうか?」


「……ん~できればね~”そいつ”のことは考えたくなかったんだけどね~」

「爺も同感ですが、我らと共に”下生げしょう”してしまった以上、知らぬ存ぜぬはできません……」


「”そいつ”もこの前、サタァンちゃんのゲ○まみれになったからね~。”すてんれす”だか”のろいぜ”になっちゃたのかな~。あ、”監査官の犬”の分もあわせれば、これはもう犯人として確定ね~」

「……いかがいたしましょうか?」


「そもそもどこにいるかわからないし~、事が起きればいやでも目につくから~、対策を立てるのはそれからにしましょう」

「それでは一応、我が逆さ傘の各支部へ通達を送ります」

「うんお願い。でも、通達する場所は一つでいいと思うけどね~」


 ――アデルがヤゴの街の冒険者学園に入学して一ヶ月あまり。


 ナゴミ帝国東部における中枢の街。ヤゴの街。

 帝国の直轄地ゆえ、その規模は並の都をも凌駕する一大都市と言っても過言ではなく、東部地区の発展に伴いその規模は今なお拡大しているのである。


 このヤゴの街の北部には、かつて巨大な図書館があったと言い伝えられている本の山があり、ヤゴの街にある魔導研究所も、この本の山から発掘された書物の研究の為に建てられた。


 そしてこの本の山の東部、ヤゴの街から北東にある《ひがしその》と呼ばれる草原地帯。


 東に《星の丘》や《ふじの丘》。北には《光の丘》、《希望の丘》という遺跡群が多く存在しており、ヤゴの街の冒険者は、まず東の園を経由してこれらの遺跡に赴くのが定石とされていた。

 そんなある日、いつものように東の園を通りかかったある冒険者パーティーの一報で、ヤゴの街は未曾有の緊張に包まれた。


『東の園に魔物の軍勢が集結しているぞ~!』


 慌てふためきながらヤゴの街へ逃げる冒険者パーティーを見下ろしている”モノ”。

 奇妙奇天烈な服装とマントを羽織った、もはやお馴染みの”モノ”。

 その”モノ”は唇の両端をつり上げ、悪魔のような笑みと高笑いを東の園へと響かせた。


「フハハハハハ! せいぜい派手に吹聴して下さいよ! ラハ村では出し抜かれましたが、此度こたびの我が計画は完璧! 憎き黒き鳥をアデルくぅ~んもろとも亡き者にして差し上げましょう! フハハハハハハ!」


 一通り台詞を吐き出したマイトレーヤ、冒険者名イタチは太古の乗物、《けったますぃ~ん》に華麗に飛び乗ると姿を消し、ペダルを超回転させながら一路、ヤゴの街へと駆けていった。


「フフフ。魔術や聖法で空を飛んだり馬に乗って地を駆ければ、例え姿を消しても見つかる可能性があります。しかぁ~し! この”けったますぃ~ん”なら音も立てず馬並の速さで地を駆けることができる! まさに我の為に与えられ、我にしか乗りこなせない物! フフフ! フハハハハハ!」


 しかしマイトレーヤの高笑いも長くは続かなかった。

「……くそ! 我としたことがちぇ~んが外れるとは。油をケチったのがたたったか……どこかにアブラナ、菜の花、ひまわりは咲いていないか? ええい! ガマガエルでもいないかぁ!」

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