会議、シテマス

 冒険者パーティーの通報によって、直ちに町長を始め各省の支部長、ヤゴの街の警備隊隊長、各教団の神殿長や聖騎士団長、冒険者組合の主人から有志で集まった旅団の団長が町役場の会議室へと招集された。


 最初に町長が立ち上がり、会議の口火を切る。

「す、すでにご存じの通り、我がヤゴの街の北東、東の園に魔物が集結しております。げ、現状の様子は警備隊隊長や金色犬鷲の団、団長イヌワシ君から報告をおこなうとして……」


 町長は早くも汗がにじむひたいをハンカチーフで拭きながら、言いにくいことをあえて口に出した。

「お集まりいただいた方々の間には、いろいろと思うところがあるでしょうが……む、むろん、街としてもできる限りの援助と協力は惜しみませんが、ヤゴの街及び近隣の民の安全を第一に考え、ど、どうかご協力をお願いします」


 町長が狼狽しながらも、皆に向かって頭を下げる。

 ここに集まった各教団の間にあるわだかまりにあえて触れたことで、出席者の心の内は安堵の息を漏らす。

 いくら各教団で神や教義が違っていても、信者である民のことを考えるのが聖職者としての義務である。


 就任して十年あまり。これまでにない未曾有の事態に、我が街の町長は、たとえ恐怖を感じていても恐怖に取り憑かれず、街の民の為なら各教団の間に流れる不協和音に耳をふさぐことなく、あえて踏み込む意志の持ち主だと、皆は確認できたのである。


「どうかご安心を町長様。我が蒼き月の教団は今すぐにでも警備隊の皆様と協力して、街の警護に就く準備はできております。万一の時には微力ながら街全体への結界も行います。どうぞ何なりとお申し付けください」


 ナゴミ帝国のみならず、アイシール地方で最大の勢力を誇る蒼き月の教団。

 そのヤゴ神殿長のインジェニは、優しい笑顔を浮かべながらも、他の教団に対して牽制するように町長に申し出た。

「街を代表して感謝いたします。インジェニ様」

 それに呼応するかのように、各教団も街への協力を申し出た。


「そ、それではまず、警備隊より状況の報告を」

 警備隊隊長が状況を説明するが、決して明るい顔とは言えなかった。


「すでにイヌワシ殿の報告を元に帝都、そしてヤゴの街の西のイリの砦、東の防衛線である針の砦へ連絡済みですが、帝国軍が帝都からこのヤゴの街へ派遣されるまで時間がかかりますし、各砦も近隣の町や村、集落の警備へと兵をかねばならぬ為、我がヤゴの街への援軍はすぐには期待できぬとみるしかないでしょう」


 出席者の一部から軽いため息が漏れる。

「そ、それではイヌワシ君より魔物の軍勢の報告を」

 町長にうながされ、金色犬鷲こんじきいぬわしの団の団長、イヌワシが立ち上がると説明を行う。


「我がフクロウの団で斥候せっこうを行いましたところ、魔物の軍勢は確認できただけで数百あまり。むろんこれは”最も少なく見積もって”と申し上げていいでしょう」

 ”おおっ”と出席者からうなり声が漏れる。


「現状確認できたのが下級魔物であるコボルトやゴブリン、オーク。中級魔物であるハイ・オークやレッサーオーガあたりです。しかし、軍勢が集結しているということは必ず指揮をしている”モノ”がいるあかし。我らを油断させる為、あえて下級、中級魔物をこれ見よがしにさらけ出している可能性も否定できません」

 イヌワシは皆を見渡し、報告を続ける。


「これはまだ確定ではございませんが、軍勢の後方、ヤゴの街から見て北東方面にいくつか結界のようなモノが張られた場所がございます」

「ご丁寧に結界じゃと? 軍勢の中に闇に染まった魔術師か神官でもおるんかいな? その勤勉さを広場でごろ寝しておる”ろくでなし”に分けてやりたいわ! ハッハッハ!」


 蒼き月の教団の聖騎士指南役であり、”闘将”の異名を持つハーフドワーフのアルゲウスの言葉は、およそ場に似合わない雰囲気の笑いを、蓄えた白髭の隙間から吹き出した。

 しかし、《オーガ百匹斬り》の勇名からの笑いは、会議の中に漂い始めていた暗黒の雲をも吹き飛ばしてくれた。


「も、もしや、噂に聞く闇組織、《神への叛徒はんと》とか呼ばれる者達では? その結界の中で悪魔を召喚しているとか!?」

「現状、確認できてはおりませぬ」

 冒険者組合の主人からの問いに、イヌワシは岩石のような硬い顔を向けて答える。


”《神への叛徒》!”

”あの、教団や逆さ傘から破門された者達が結託した組織!?”

”そんなのただの噂だ。盗賊ギルドですら把握していない”

”そうとも、破門された者達が腹いせにでっち上げたものさ”

”……しかし、あながちそうとも”

 会議の出席者からざわめきが起きる。


「闇の魔術師や神官はともかく、悪魔のたぐいの召還は今のところ儂や魔導研究所の方でも確認できておらぬから主人殿、どうか落ち着かれよ」

 国立墓地の墓守であり、ネクロレディーの魔導師でもあるフランは、紫の唇を妖艶につり上げながら、皆を少しでも安心させる優しい笑みで答えた。


「召還の儀式は時間がかかる故、今から始めたとしても意味はない。それに、分不相応に下級悪魔レッサーデーモンを封印した壺とかを解放したとしても、悪魔とやらはすぐさま魔物共を従えて近隣を襲い始めるからな、そこまでの心配はせんでいいじゃろ」


(もっとも”マイトレーヤあやつ”の鬱陶うっとうしさにかけては、この世のモノの中で最上級アルティメットじゃがな……)

 フランは心の中で、あきれた声でつぶやいた。

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