お茶、シテマス

 続いて、各教団の神殿長や聖騎士団長の意見が飛び交う。


「我が木星教団の教えには

『最強の獣は森の最奥にひそむ』

という言葉があります。先ほどイヌワシ殿が申したように、表に出ているのがおとりで、結界の中にいるのがむしろ本体。我らがおとりに気を取られておる間に結界の中の軍勢がそれこそ蜘蛛くもの子のように近隣の町や村を襲う可能性も考えられるのではないかな?」

 木星教団のヤゴ神殿長である《アルゴス》は、自身の教団の教えを例に出して意見を述べた。


「なぁに、我が火星教団の教えには

『愚か者は火の前を走り、かしこき者は火の後ろを走る』

という言葉がある。いっそのこと結界とやらの中におるモノを、こちらから先にいぶり出してみればよいのではないか?」


 神殿長が帝都へおもむいている為、代理で出席した火星教団の聖騎士団長でドワーフでもある《タルシス》は、燃えさかる炎のような真っ赤な髪と髭と鎧に身を包み、岩のようなこぶしを握りしめ、溶岩のような熱い息を吐き出した。


「我が水星教団の教えには

『賢者はおけの水を飲み、愚者ぐしゃ大河たいがの水を飲む』

という言葉がありますわ。火を放つのはよろしいですが、消し止められぬほど燃え広がってしまっては、水欲しさに川に飛び込んで溺れ死ぬ、そんな愚者の行いに等しいですわね」


 水色の神官服を着た水星教団のヤゴ神殿長で女性神官でもある《ガリア》は、その冷たい目でいましめるようにタルシスを一瞥いちべつした。


「我が金星教団の教えには

『座ればかねは減り、走れば金は貯まる』

という言葉があります。このまま帝都からの援軍を待っていては我々を含め街の民は疲弊ひへいし、逆に魔物の軍勢は力を蓄えることにもなりましょう」


 さすがに全部が金色でなく、白の生地に金色の文様をちりばめた神官服を着た、金星教団のヤゴ神殿長、《ネプラ》は、金の指輪や腕輪をした右手を胸に当て意見を述べた。


「我が土星教団の教えには

『種は土に植えてこそ芽が出る』

という言葉があります。何事もまずはやってみることでしょう!」

 茶色の神官服に身を包んだ土星教団のヤゴ神殿長、《テレスト》は、神殿長の中で最年少であるが故、若く力強い声で意見を述べた。


 皆の意見が出そろったと感じたイヌワシは

「いずれにしろ未確認のことが多すぎます故、最大の警戒を怠らないよう気をつけるべきでありましょう」

 報告が終わったイヌワシが席に着こうとした瞬間、場の空気を破壊する咆吼が会議室に轟いた! 


「ぐぅわっはっはっは! イヌワシよ! 警戒もなにも、このままモグラのように穴にこもっていてはなにも見えぬて! どうせならこちらからって出ればよいのではないか?」

 灰色熊の団の団長ハイイログマが、そのたくましい肉体にふさわしい暴風をその口から巻き上げた。 


 しかしイヌワシは、ハイイログマから放たれた暴風を一喝した。

「敵の情報が少なすぎる! 帝都からの援軍がすぐには届かぬ今、いたずらに兵を動かせば敵に振り回され、戦わずして敗北する可能性もある!」


 だがハイイログマは、まるでイヌワシの固い意志を溶かすような妖しい笑みを浮かべた。

「なにも警備隊さんや聖騎士様を動かす必要もあるまいて。俺たち冒険者、旅団が持ち前の臨機応変……”ろくでなし”に言わせれば”行き当たりばったり”だがな、そんな戦闘を繰り返しながら情報を収集すればよかろう。そうすることで援軍が来るまでの時間稼ぎにもなるし、俺達に気を取られ、近隣の街や村、そしてこのヤゴの街を襲わせない為の牽制けんせいにもなるぜ」


 脳筋と揶揄されるハイイログマだが、こといくさに関しては的を射る意見に一同感嘆するも、イヌワシはその固い意志を崩さなかった。


「……ハイイログマ殿、己の力を過信しすぎではないのか? 一人の慢心が全軍の足を引っ張ることすらあり得るのだぞ」

「ほほう……なら今ここで、このワシの慢心とやらを、おめぇの体で堪能してみるかぁ?」


 まさしく一触即発の空気が会議室を満たし爆発する……寸前、会議室のドアが開き、満たされた熱い空気が外へと放出された。


「失礼します。ご注文の品をお届けに参りました」

 ポットとカップが乗ったカートを押して入ってきたのはパン屋の女将、イネスだった。


「イ、イネスさん? なぜここに?」

 町長が思わず椅子から立ち上がる。


「ん? お前、こんなところでなにをしとるんじゃ?」

 イネスの夫であるアルゲウスの問いにフランが答えた。


「儂が出前を頼んだんじゃ。……イヌワシ殿、ハイイログマ殿。双方”活発な意見”を出してのどが渇いたじゃろ? ここは一つ紅茶で喉を湿らせしばし休まれよ」 

 フランの機転の休憩に、熱くなった自分を恥じたイヌワシは腕を組み目を閉じ、ハイイログマは


「イネスさん、ワシは特大盛りで」

と注文し、それにイネスは

「はい、わかっていますよ」

と笑顔でハイイログマの前に特大のジョッキを置いた。

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