真の顛末、シテマス

 後日。

 ねぐらで寝ているナインの頭の横に、牛追い男姿のイタチが腰を下ろす。


「ジョロウグモ様からの”付け届け”。確かに受け取りしました。ありがとうございます。わざわざ口添えまでして頂いて……」


「なに、おめぇとアシナガグモあいつとの仲ってヤツさ。そういえばしばらく見なかったがどうでぇ、依頼人の候補ってヤツは? 目星はついたのか?」


「その件ですが、実はアシナガグモさんがやってくれまして……」

「なに! じゃあ、おめぇのあるじ突貫とっかんしたのか!? ”獲物”も持たず……」


「いえ、突貫した先は依頼人と……監査庁です」

「……なんじゃそりゃ?」


「まだ取り調べの途中ですが、実は今回の地図の一件は、ある貴族が放置されている国有地や遊地を己の領土へ取り込もうと、地図の書き換えを企んだ事に端を発しました」


「なに! そんなの一歩間違えば、いや、確実に帝国に対する謀反むほんじゃねぇのか!?」


「ええ、その実験として本の山の地図の書き換えを行ったみたいです」

「んじゃ、冒険者庁の役人や商人も、おめぇが操る前に、その貴族に踊らされてたって訳か?」


「偶然にも僕の思惑と合致して、彼らが本の山の地図を書き換えたかは、もはや今となっては……。そしてその貴族は本の山の一件で、我が主である東の監査官が手を回したと知るや、事が明るみに出る前に我が主を亡き者にしようと……」

「そこであいつの出番って訳か」


「はい、ですが逆に依頼人の貴族の元へ突貫いたしまして、今度は僕に変装して、その貴族の首根っこをつかみ引きずりながら、監査庁の長官様の眼前へ放り投げました」


「お前に変装していたとはいえ、長官様の前へよく無事でたどり着けたな。衛兵はともかく、琥珀の騎士の不正すらただす監査官相手では、レベル十の盗賊ですら瞬殺されるぞ」


「長官様は公正を期す為、王族や貴族でもない、一般のお役人様です。幸運なのは東西南北4人の監査官様全てが、監査庁の席を外していました」

「そんであいつはどうなったんだ?」


「そこからが大変でした。一応僕が説得したことにしようとしたんですが……」

「簡単には信じてくれないわな」


「ええ、監査官たる御方達は、犬の仕事に対する”信頼”はありますが、人としての”信用”は皆無ですからね」

「でなきゃ監査官なんてやってられないわな」


「ですが、そこで意外な方からの”口添え”がありました」

「ん?」


「ナゴミ帝国第二王子、そして琥珀の騎士団、団長であらせられる、ギルツ様です」

「なにぃ!」


「謀反の報を知るや、すぐさま琥珀の騎士を率いて貴族の領地へと乗り込みました。その電光石火の動きに関係者は逃げる暇もなく捕まり、いささか不完全燃焼ながら、溜まった鬱憤うっぷんを晴らせたとご満悦でした」


「よかったじゃねぇか。機嫌が直ってよ」

「そうですね……何しろ本の山にドエリャアモノが潜んでいると半人前アンプロナイトからしらされるや、一人で突撃しようとしましたからね。さすがに第一王女であらせられるミカガ様や王族の方々に止められましたが……」


「んでアイツはそのこうでおとがめ無しと……」

「さすがにそこまでは無理でした。一度は荷担した人間でしたからね。そこでギルツ様はアシナガグモさんを”保護観察処分”にして、琥珀の騎士の斥候せっこうとして”監視”するみたいです」


「ほ~ん。でもよ、いくら第二王子、そして騎士団長のギルツとはいえ、よくそんなこと独断で決められたな? 司法省や監査庁が黙っちゃいねぇだろうに?」

「謀反の企みを見抜けなかった司法省や監査庁からは何も言えませんからね。ギルツ様が彼を引き入れたのは、司法省や監査庁、そして彼と”つながり”のあった盗賊ギルドを牽制けんせいする為と噂されていますが……」


「もっともギルツあいつにそんな考えなんか微塵も無いわな。だけどあいつが動くと、不思議とうまく治まる……」

「……これ以上、僕の口からはなにも申し上げられません」

「でもいいんじゃねぇか? 結果的には”足抜け”になったんだしよ。それに……」


 ふとナインはある美女の顔を思い出す。

 一人の男の為に、盗賊ギルドや帝国すら敵に回そうとした女。


『お願いナイン! すべて話して!』


 その美女が自分に見せた、美しい顔にもっとも似合わない、切羽詰まった表情。

 少なくとも当分の間、その顔を見ることはないと安心するナイン。


「ただいまです」

 ナインは、パン屋の仕事から帰ってきたアデルの声に我に返る。


 そしてイタチは音も風も立てず立ち上がると、アデルに目も顔もあわせず消えるように立ち去っていった。

 その後ろ姿を見つめるアデル。


「今の方って、イタチさんですよね。紅鼬くれないいたちの団の団長さんの……」

「そうだが……知っているのか?」


「いえ、旅団の勧誘の時に見かけただけですけど……なんかあの人、昔から知っているような気がするんです」

「なんじゃそりゃあ?」

 思い当たることは多々あるが、悟られないようナインは大げさに驚いた。


「夢で時々見るんです。すごい大きな巨人になった僕がラハ村を見下ろしたり、あとアレは本の山からかな? ヤゴの街をずっと見ているんです」

「ほんで?」

 他人の夢の話には興味がないかのように、ナインは話半分で返事を返す。


「時々、イタチさんが眼に入るんです。今の格好だったり、貴族の服ですか? あとなにやらよくわからない服を着ていてマントを羽織っていたり……」


「けっ! 馬鹿馬鹿しい! 聞いて損したわ。飯行くぞ!」

「はい!」 

 アデルはもう一度イタチが消えた方角へと振り向くと、ナインの後ろへと走っていった。


 お尋ね者の張り紙が剥がされ、平穏が訪れた夜の街。

 アデルは先に広場のねぐらへと帰り、ナインは滝の山脈亭で安酒をチビチビ飲んでいた。


 そこへ現れた盗賊ギルドの一団。

 その中には生傷だらけでボロボロ姿の、ギルドの裏の扉の番をしていた大男も混じっていた。


 一行は店の奥のテーブルに陣取ると、早速大男が鬱憤うっぷんを吐き出す。

「なんでぇ、結局は『糞と何とかは犬も喰わねえ』じゃねぇか……。 ”あにさん”が『”獲物”を返してもらおう』って現れた時には背筋が凍って漏らしそうになったぜ」


「ぼやくなぼやくな。おかげで”クモの交尾”を間近で、しかも最後までのぞき見出来たんだろうが。”糞野郎のおねしょ”を漏らしそうになったか? うらやましいぜまったく……」

「で、どうだったんだ。我等が姉御あねご様の肢体からだと”授かりの儀式”の一部始終はよ。今日の”さかな”はこれで決まりだな」


「けっ! 十杯は奢ってくれねぇと割にあわねぇぜ」

”チャリ~ン!”と、愚痴る大男の前に一枚の百ダガネ金貨が転がる。

 コインの主を確認する盗賊達。

「「「……ナインさん?」」」


 ナインはいやらしくにやけながら親指を自分に向けた。

「当然、それを聞く権利は俺にもあるんだよな?」


 足は抜けたが、別の”脚”で再び昔の女とのつながりを求めた男。

 自分を求める、殺したいほどいとおしい昔の男のすべてを、喜んで受け入れた女。


「ほ~れほれ! ここがいいんかぁ? あぁん?」

「や! やめて! ナインさん! な! 何かが目覚めるぅ~!」  

 夜も更けた滝の山脈亭では、そんな二人の情事の話を肴に、ろくでなしと盗賊達の気持ち悪い腰の動きとあえぎ声、そして馬鹿笑いが絶えることなく鳴り響いていた。

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