聖騎士、シテマス

「わたくしめが、冒険者学園の卒業式に?」

 

 蒼き月の教団。ヤゴ支部。その神殿長の執務室に、若くも大木のようなヴォルフの太い声が重く響いていた。


「し、しかし卒業式の冒険者リングの授与者は、帝国大臣様と各教団の神殿長様が持ち回りで行うのが慣例と聞いております。そして今年は我が蒼き月の教団の神殿長、インジェニ様が……?」


 ヴォルフは落ち着く為、いったん話を区切り呼吸を整えた。


「いえ、神殿長のめいは蒼き月の神の勅命そのもの! 命とあらば全力を尽くして立派に遂行してみせますが……。もし、よろしければ理由をお聞かせてくだされば幸いであります」


 若き聖騎士団長の顔は、わずかな狼狽の色をにじませてながら、目の前の神殿長を見据えていた。神殿長が命じた意図が見えかねていたからだ。

 

 神殿長はそんな若き聖騎士団長を落ち着かせようと片手を掲げ、神殿長としてではなく、一人の年長者の顔をしてゆっくりと語りかけた。


「なぁに、特に深い意味はありませんヴォルフ卿。……強いて言えば、若き冒険者達へのちょっとした布教活動といったところです。それに、これは聖騎士指南役のアルゲウス卿の提案でもあります」

 目尻を垂らしながら、インジェニは諭すように口を開いていた。


「アルゲウス様の?」

 ヴォルフは神殿長の机の横に控えている白髪と白ひげを蓄えた屈強なハーフドワーフの男性の顔へ目線を移した。


 人間に当てはめるなら六十代に見えるその男は人間とドワーフ族の混血であり、やはり純血には劣るがドワーフの長命と鋼の肉体、人間の身長と成長速度を兼ね備えた戦士として、そして聖騎士として理想の肉体を持っていた。


 彼はかつてこのヤゴ神殿の聖騎士団長であり、《食人鬼オーガ百匹斬り》の勇名をはせていたが、自身の長命が後身の成長を妨げていると感じ、人間で言えばまだまだ壮年といえる年に聖騎士団長の肩書きをヴォルフへと譲り、若き聖騎士や聖騎士見習い、そして神殿兵を育成する道を選んだ男だった。


 その豪放磊落ごうほうらいらくな性格は一部神官から訝しげにみられているが、それ以上に神殿内の聖騎士や神殿兵のみならず、数多くの冒険者からも慕われている闘将であった。


 インジェニは横に控える指南役に顔を向け発言を促した。

 アルゲウスは軽くうなずき、口の周りに凍り付いた霜のような白い口髭をかき分けるかのように口を開いた。


「そう堅苦しく考えるなヴォルフよ。おぬしも聖騎士団長になってそこそこ月日がたつ。偉大なる蒼き月の教義と剣の道をひたすら進むのも良いが、そろそろ教団の外、社交場での交流を身につけ、我がヤゴ神殿のいわば”顔”として卿の名と剣を知らしめる必要もあるのでは……。と常々思っていてな」


 (本音を言えば社交界で、嫁さんの一人も捕まえてこいと言いたいところだが……)


 蒼き月の教団は神官や聖騎士の結婚を特に禁止はしていない。

 現にアルゲウスの妻はこのヤゴ神殿の元女性神官で、未だ子はいないが、二人は理想のおしどり夫婦として教団の信徒から慕われていた。

 アルゲウスは続けて


「それに去年の帝国からの出席者は、ん~何とか……と言うお大臣様じゃったが、その護衛と称してついてきたのが、普段めったに表に出てこない


 ナゴミ帝国最強の《琥珀こはくの騎士》! 

 

 さすがに超精鋭の《アンバーナイト》ではなく一般騎士の《コーパルナイト》が出席したと聞いておる。

 半人前の《アンブロナイト》じゃないだけ、帝国の本気が少しだけ垣間見れたわい」


 ――【琥珀の騎士】。

 それは帝国のみならずアイシール地方の少年少女があこがれるナゴミ帝国最強騎士団のことである。

 

 超精鋭のアンバーナイト(Amber Knight)、

 一般騎士のコーパルナイト(Copal Knight)で構成されている。

 

 レベル十の冒険者が帝国騎士へと申請し、試験に合格すれば騎士見習いのアンブロナイト(Ambro Knight)の位が授与されるが、あくまで半人前の為、彼らは琥珀の騎士とは呼ばれない。――


「おかげで学園内外からかなり評判が良く、ヤゴの街でも琥珀の騎士の株がさらに上がったみたいじゃないか。まさに此度、授与者として出席することはおぬしの名を売るにぴったりの場ではないか? う~~ん?」

 自慢の白い顎髭をなでながらアルゲウスもまた目尻を下げ、ヴォルフにちょっぴりいやらしいまなざしを向けていた。


(勝てるわけ……ないか……)


 心の中で軽くため息をつきながらヴォルフは呟いた。

 神殿長と聖騎士指南役、神殿内の最強二人が手を組んだとあっては、いくら聖騎士団長でも太刀打ちできるわけがなかった。

 ヴォルフは覚悟を決めたように軽く息を吸い姿勢を正し


「わかりました。そのお役目、謹んで拝命させていただきます」


 神殿長を貫くような視線で見据えながら、一字一句はっきりと了解の言葉を述べた。 


「それは良かった。近いうちに学園から使いの方がお見えになるでしょう。打ち合わせは卿にお任せいたしますよ。ちなみに自称”学園のマドンナ”と呼ばれる自称”美しい女性講師”だそうです。今から楽しみですね」

「そうですか……。それでは執務がありますので、これにて失礼いたします」


 ヴォルフにとって”女性”とは、生まれたばかりの赤子から神の元へ召される寸前の老婆までのことと思っており、神殿長のからかいにも全く気にもかけず回れ右をし、ややかかとを鳴らすかのように執務室を退室していった。


 ドアの向こうでヴォルフの気配が遠ざかるのを確かめた後、インジェニは困ったように口を開いた。


「やれやれ、いささか強引すぎてちょっと怒らせてしまいましたかな?」

 インジェニは椅子の背もたれに身を預けながらアルゲウスに向かって呟いた。


「ご心配には及びませぬインジェニ神殿長様。奴の固い頭も神殿の外で人と交わることで多少なりと柔らかくなるものと儂は信じておりますぞ」

(まぁご婦人と床を共にする時は、別のところが堅くならんと逆に困るんじゃがの)


「だと、いいんですがね」

 インジェニは軽くため息をついて椅子に座り直した。


     ※

『本日、このような過分な役目を拝命いたしまして誠にうれしく存じます。そしてこのように多くの優秀な冒険者達がアイシールの野に旅立つことは、アイシール地方の平和と発展が将来約束されるものだと私は信じて疑いません』


 学園長の挨拶とさほど内容が変わらない言葉であるが、握りしめた拳を胸に当て力説するヴォルフの姿に、卒業生達は私語もやめ、一字一句を全身全霊をかけて聞いていた。


「ヴォルフ様ぁ、ありがとうございましたぁ。続きましてぇ授与に先立ちましてぇ今一度ぉ冒険者リングのぉ説明をぉ行いたいと思いまぁす。

 あたしのぉ講義をぉ忘れている《をたんちん》さんはぁ、もう一度ぉ”今すぐ糞とショ○ベンの穴をかっぽじって!”聞いてくださいねぇ。うふふぅ」

 

 ――をたんちんとは《をた○》、《たん(痰)》、《○んち》、《ちん○す》の《汚物おぶつ四天王》を巧妙に組み合わせた冒険者世界のいわば業界用語、スラングである。最大級の侮蔑の意味を表す表現として使われている。――

 

「コホン、冒険者リングとは、文字通り首につける冒険者用の魔法のリングです。装着することによって名前から職業、レベル、経験値、スキルや能力等が表示されます」


「これらは一行ずつしか表示できません。もし手っ取り早く相手の冒険者の能力が知りたかったら指をなぞらせることによって、相手の冒険者の能力が頭の中に入ってくるようになっています」


「でも、いきなり相手のリングをなぞることは大変失礼に当たるから、”肥だめ”に沈められても文句は言えないわよ」


 女性講師は、時折ヴォルフの方をちらちら見ながら、痛い笑顔を講堂中に振りまきながら説明していた。


「そして魔法によって浮いているのでほとんど気にならないわ。わずかながら生命力や精神力も蓄えられるけど、過信は禁物よ」


「そして最も重要なことは持ち主が死んでもリングは数年間は生きてるわ。これはね蘇生してくださる神官様や魔導師様にとって大事なことなのよ。なぜなら身元がわからないと誰の魂を召還していいのかわからないからね」


  説明が終わると、女性講師は舞台の袖から百以上の数のリングを載せたカートを押して中央へと運んでいく。


 だが昨年の卒業式では、リングの授与は学園長を通じて大臣に手渡されていたが、今年は女性講師があらゆる手を使い、ヴォルフにリングを手渡しをする役目をゲットした。


「どうぞヴォルフ卿……あらぁ! 失礼いたしましたぁ!」

 女性講師はリングをヴォルフの手に渡す時、意図的に指を触れさせ、ほおを赤らめた。


「ん? あぁ、どうかおかまいなく」

 女性講師は今の幸福を体全体で噛みしめているが、当のヴォルフは全く気にもしない様子で、つつがなく式は進行していった。


 リングをつけられ席に戻る卒業生に向かって、まだ名前を呼ばれていない者が次々と感想を聞いてくる。


「どうでしたか~? 火星教団の信徒様~?」


 つい今し方、神殿長を丸焼きにするほどにらみつける、と豪語した魔術師見習いの少女に向かって、水星教団の信徒であり、同じ魔術師見習いの少女がいやらしく問いかける。


「すごい! 素敵! 感激! あ~もう心も体も燃え上がっちゃうぅ!」

「こらこら! 勢い余って”突撃! 蒼き月の教団へいきなり入信”なんかするなよ?」


 そんな卒業生の黄色い声を小耳に挟んだヴォルフは、

(アルゲウス様の推薦で、インジェニ様の代理として役を任されたが、ここに来た甲斐は少しはあったのかな?)と、心の中で苦笑した。 

 

 魔術師見習い、神官見習いの順で名前が呼ばれ、呼ばれる名はアデルが所属していた戦士科の生徒へと移る。


「戦士科のアデル君!」

「は、はい!」

 アデルはまっすぐ舞台横の階段を上り壇上中央へと歩いて行った。


「アデル君、卒業おめでとう!」

 目に見える身長より一周り、いや二周りほど大きく感じられるヴォルフの姿に、アデルはただただ圧倒されていた。


「あぁ、あぁりぃいがとぉうごぉざいまぁすぅ」

 アデルはおもわずお辞儀をしてそのまま固まってしまった。


「ん、顔を上げていいよ。じゃないとリングがつけられないからね」


 壇上の来賓、帝都の冒険者庁の高官達から笑い声が漏れる。

「はっはっはっ! やはり聖騎士団長様の前だと緊張するものですかな?」

「いやぁ~教団が違っていても、やはり少年少女のあこがれの的ですからな」


 アデル自身どこかの教団の信徒ではないのだが、だからなのか、純粋に聖騎士の威厳を色眼鏡なしに感じたとれたかもしれない。


「動かないでね」

 鎧から発する蒼白い闘気に包まれた二本の腕がアデルの細い首に巻かれる。

 

 首の後ろでカチッと音がすると、アデルは体中に何かが流れてくるのを感じた。

 それは、リングが体中くまなく調べている為と教わっていたが、わかっていても変な気分だった。


「ではアデル君、君の冒険に幸(さち)があらんことを」

 ヴォルフは蒼白い闘気をまとった右手を差し出す。

「あ、は、はい! ありがとうございます!」


 アデルは思わず両手で握り返し、聖騎士団長の顔をまっすぐ見つめる。しかしアデルは女性講師が力尽くで引きはがすまで再び固まっていたのだった。

(あ、あたしでさえそこまで露骨に手を握っていないのにぃぃ~~!)


     ※

「え~以上をもちましてナゴミ帝国立ヤゴ冒険者学園の卒業式を終了します!」

司会の女性講師の閉会の宣言で式は無事(?)終了した。

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