幕間劇 決闘、シテマス

依頼、シテマス

 ”チリンチリン”


「いらっしゃいませ……うわぁぁぁ!」

 イネスのパン屋に現れた客を見て、店番していたアデルが思わず大声を上げる。


「どうしたの? アデル君!」

 慌ててイネスとカッペラが奥から出てくるが、客人の顔を見て、カッペラがホッと胸をなで下ろす。

「なんだ、フランさんのところの《ウッゴ君》と《ウッゴちゃん》じゃない」


「うっごくん? うっごちゃん?」

「墓地で墓守をしていらっしゃる、ネクロレディーのフランさんとこのウッドゴーレムだよ。街のみんなは略して、ウッゴ君、ウッゴちゃんって呼んでいるよ。言ってみれば、このヤゴの街のアイドルさ」


「へぇ~。そうなんですか」

 カッペラはそう答えたが、アデルの脳裏には、怪しい看板を掲げたり、自分を街道に放り出した記憶を呼び起こさせた。


 しかし、よく考えればそれは、主人であるフランの命令に従ったまでで、蘇生したばかりの自分を、かいがいしく世話をしてくれたこともまた事実だった。


 それによく見ると、二体の髪の毛がトウモロコシの髭で出来ており、ウッゴ君は丸刈り、ウッゴちゃんは髪が長く、それを頭の上で束ねてリボンで縛ってあった

 服装もウッゴ君はシャツに短パン、ウッゴちゃんはワンピースを着ていた。


「結構、手が込んでありますね」

「街のみんながね、子供のお下がりとかをウッゴ君達に着せてあげているからね。中にはわざわざ作っている人もいるのよ。暖かくなってきたから、今は薄着ね」

イネスが前屈みになりながら、アデルにウッゴ達の服について説明した。


「アデル君、これをウッゴ君に渡して」

 アデルは、カウンターにいるカッペラから手渡された袋を、ウッゴ君へと渡す。

「お金はいいんですか?」

「フランさんからの注文書を持ってくるときに、代金は頂いているよ」

「へぇ~。取りに来るだけでなく、注文しにも、わざわざ来るんですか!」


 アデルから袋を受け取った二人(?)は、一礼すると回れ右をしてドアへ向かう。

「あ、どうぞ」

 一応お客様だからと、アデルはドアを開けてあげた。


”ペコッ!””ペコッ!”とウッゴ達はアデルに向かってお辞儀をする。

「あ、ありがとう……ございました」 

 つられてか、アデルもお辞儀をしながらお見送りの声を掛けた。

 そしてフランの店へ向かう二人の姿を、ドアの影から見守っていた。


「ん? どうしたの? アデル君」

 何か固まった表情でゴーレムの背中を見ているアデルに、イネスが尋ねる。


「あの……盗まれたりするんじゃないかと……大丈夫ですかね?」

「あっはっはっは! このヤゴの街でウッゴ君達に手を出す人間なんていやしないよ。例え冒険者でも、ましてや盗賊ギルドの人たちでもね」

 カッペラのドワーフらしい、豪快な笑い声が店内に響く。


 ふとアデルは、ナインを【デラ爆炎】で燃やし、鋼鉄の鎧を着た衛兵がフランに向かってかしこまる情景を思い出す。


「そうですね、フランさんは魔導師ですから。そのゴーレムに手を出すなんて……」

「あら、あの子達も結構強いのよ。なにせ、”あの”ナインをノックアウトしたんだから!」

 イネスが茶目っ気たっぷりな顔を向けながら、アデルにウインクした。


「ええ~~!」

「店長、せっかくですからその話はお茶を飲みながら……」

「そうね、今ので注文分は全部渡し終わったから。さぁアデルくん、一緒にお茶しましょ」

 イネスに言われるまま、アデルは店の奥へと入っていった。


     ※


――ほんのちょっと昔の、フランの店の中


「相変わらず不機嫌な顔をしておるなナインよ。せっかくの仕事だというのに」

「けっ! フランさんよぉ! 仕事ってぇ言葉はな、苦労に見合う報酬があって初めて成立するんだよ」


「無理に小難しい言葉を使うと、脳が痙攣をおこすぞ。安心せい! 今回の報酬は一万ダガ……」

「一万! いやいや、どうせワイバーンがすみかにしている、火山の火口に落ちた冒険者の屍を拾ってくるとか、そんなんだろ」


 フランが言い終わらないうちに、ナインは飛び上がるように食いついたが、すぐに、仕事の内容を勝手に想像し、全力で断った。


「なんじゃ、この糞暑いのに、もっと暑くなりたいのか? なら今すぐ【跳躍】の術でお主を火山に……」

「ん! なわけ、あるかぁ! この糞た~け~! 人の話を聞きやがれ!」


「聞いていないのはお主じゃろうが! まったく、話が全然すすまんわい!」

「わ~ったよ。で、どんな仕事だ。聞くだけ聞いてやる」

 カウンターに肘をつき、手の平に顎を乗せながら、ナインは仏頂面をフランに向けた。


「何、簡単なことじゃ。儂のゴーレム達からパンを奪えばいいだけじゃ!」

「……はひぃ?」


「儂のゴーレム達が、女将イネス殿のパン屋へお使いをしているのは、お主も知っておるよな?」

「ああ、たまに、広場で寝ている俺を、”わざわざ”踏みつけていくけどな! ”誰が”そう命令しているかは知らねぇが……」


「ふむ、そうなのか? それは初耳じゃ。まぁ、それはどうでもよいこと……」

「おい!」


「話を聞け! 仕事の内容はだな、ゴーレム達が女将の店から出てきて、儂の家にたどり着くまでに、あやつらからパンを奪い、儂のところに持ってくればお主の勝ちじゃ。さすれば、望み通り一万ダガネをくれてやる」

「……なんの為に?」

 ナインは何か裏があるんじゃないかと、眼を細め、フランを睨み付ける。


「簡単なことじゃ。ゴーレムというやつは、ただあるじの命令を遂行するだけじゃが、たとえ街中でも、いろいろな危険や事故が発生する。そういったことへの対処を、あやつらに憶えさせようと思ったまでじゃ」


「……つまり、俺をスリや盗賊に見立てて、ゴーレムを鍛えようと?」

「おお、珍しく話が早いな。くどくど説明する手間が省けたわ。さすがじゃ! 儂!」


「フン! いいぜ。……その代わり、こっちも手加減しねえぜ。ゴーレム共をバラバラにされても、あとで文句は言うなよ」


 わずかな時間考えたナインの顔が”怪しく”にやける。

 それに答えるかのように、フランの顔もまた”妖しく”紫の唇を歪めた。


「むしろ望む所。いや、手加減している暇はないぞ、ナイン。あと、くれぐれも街の人間に危害や迷惑は掛けるなよ。苦情があった時点でお主の負けじゃからな」

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