第5話

 神保町に向かう都営新宿線の中で、ユリカは軽音楽部活動停止の顛末てんまつを知った。

 「元々デスピノはトリオだったの。ソメノとキイチは幼稚舎からの幼なじみなんだ。キイチは1コ下だけど、兄妹みたいに育ったよ。私はもともとクラシックギターを習ってたんだけど、途中でやめて。でも、たまたま中1の時に見たメタリカの「ワン」のプロモでメタルに目覚めてさ、無理やりソメノにベースをやらせたの。キイチはドラムスクールに通ってたから、割とすんなりバンドはできたんだ。

 それでアタシらほら、受験がないじゃない。だから中学の時はさんざん練習してたの。かなりそこで上達したよね。でもどうしてもリードギターが見つからないから、最初はやっぱり完璧にはメタリカができなくて。だからウチら高2になってキイチが軽音部に入ったときに、いちばんギターが上手かったコウタロー先輩に頼み込んで手伝ってもらったのよ。その初ライヴが例の学祭。」

 マヤの話を聞いてなるほど、だから弾き方がぎこちなかったのだな、とユリカは納得した。ソロに愛が感じられなかったのも解る気がした。

「それがどうして活動停止に至ったんですか?」

「それよ!元々コウタロー先輩ってキッスが大好きなの。でもやっぱりキッスをやる仲間がいなくて、仕方なくデスピノで弾いてたの。そんで高校最後の舞台、予餞会よせんかいでライヴをやることになって、先輩がキッスをどうしてもやりたいって言うから、今までのお礼も兼ねてキッスバンドをやったの。予餞会は講堂でやったんだけど、実はコウタロー先輩とんでもないことを計画しててさ。まず、演奏前に1人でエース・フレーリーのメイクをし始めて。アタシたちもやれって言われたけど断固拒否して。仕方なしに先輩1人であのメイク。まあ、それはよかったんだけど。」

 マヤは思い出すのも忌々いまいましげだ。

「最初はウケてたしね。」

 ソメノがスマホでラインを見ながら言った。

「確か、デトロイト・ロック・シティをやっている時だったかな。先輩、何か舞台袖に大きなカバンを用意してたの。曲の途中だってのに、急にゴソゴソやりだして、何してるのかと思ったら、布を巻きつけた棒を取り出して火をつけたの!びっくりしたよ。そんでいきなり口に何か含んでプーって吹いたと思ったら火が燃え上がってさ!危ないって。人知れずどっかで練習してたのかなあ?」

 マヤがソメノに話を振ると、ソメノはスマホをしまいながら答えた。

「さあねえ。川原とかで1人でやってたとしたら笑えるよね。だいたい火吹きってジーン・シモンズがやるのに、なんでエースかしら?でも観ている生徒はそんなこと知らないから、いきなりの火吹きでみんなびっくりしてた。そりゃそうよね。とにかく、コウタロー先輩のひとりキッス状態。普段結構無口なんで、あんなことする人とは思わなかった。そんで観ているみんなを驚かしたのに気を良くしたのか、よせばいいのに、もう1回吹いたのよ。」

「そしたらさ、思った以上に火が出て。大体、消火器も用意していないのに火なんかダメじゃん!その煙がセンサーに感知されて火災報知器が鳴って、スプリンクラーが作動したの。講堂じゅう水浸しだよね。全校生徒びしょ濡れ、当然予餞会は中止。消防車まで来ちゃって、もう大変だったんだから。ウチら即校長室に連れてかれて、大目玉。コウタロー先輩はあのメイクのまま怒られてんの。しかも水でメイクが落ちかけて泣いてるみたいに見えて、怒られている最中もアタシ笑いそうになって、必死でこらえてたっけ。」

 マヤが長い髪をかきあげつつ、げらげら笑いながら話すので思わずユリカも大笑いしてしまった。

「その後、親呼ばれて始末書を書かされて。それで学校側はなんとか放免してくれたんだけど、生徒会、つうかあのアホの佐久間がでしゃばって、学園の秩序を乱したとか言い出して軽音を部活停止にしちゃったって訳。」

 そう言っているうちに先ほどのやり取りを思い出したのか、マヤは顔をしかめた。

 一方、話を聞いていたユリカは夢のような気分だった。軽音楽部は活動停止中とはいえ、マヤとソメノと一緒に行動している。しかも、上手くギターを弾けば、デスピノに入れてもらえるかもしれない。一世一代の大勝負に出る気分だ。

 ――がんばれ、わたし。これはオーディションなんだ。全力を尽くそう。

 そんなユリカの決意を知らないマヤは相変わらず悪態をついていた。

「結局コウタロー先輩は浪人だから、進路に影響なし。そんでそのまま卒業しちゃったんだけど、とばっちりでコッチはホントいい迷惑だよ。あんな先輩燃えちゃえばいいんだ。無期限停止になって他の部員はみんな辞めちゃうしさ。あ、着いた。降りるよー。」

 神保町に到着した3人はA5出口から御茶ノ水方面へと歩き出した。ユリカはパパに連れられてよく来た古本屋街に親しみを覚えた。楽器屋に行くのも久しぶりだ。明治大学前の赤信号で一行は立ち止まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る