第44話

「ねえ!速すぎない?100キロくらい出てるでしょ!」

 ヘルメットの隙間からこめかみに流れ落ちる汗を手で拭いながら、信号待ちのタイミングでユリカは倉田に大声で話しかけた。それでもどどどどっどどどどっという排気音で声がかき消されそうだ。

「まさか!公道でそんなに出せないよ!捕まるって。いっても70キロだよ!」

 嘘でしょ、と言おうとした瞬間信号が青に変わり、フルスロットルでSRは飛び出した。ユリカは再び倉田にしがみついた。BGMにはどのスピードメタルがいいだろうか、と脈絡みゃくらくのないことを考えていると、バイクは多摩川をまたぐ関戸橋にさしかかった。橋の上は涼しく、つかの間の開放感と安堵あんどをユリカは味わったが、渡り終わった途端にまたしても熱気が彼らを飲み込んだ。

 次の信号で腕時計を見ると、1時30分である。あと20分で吉祥寺に着けるのだろうか。

「倉田くん!間に合うかな!」

「大丈夫!間に合うよ!バッテリー並の速さで走ってっから!」

 ある程度タンデムにも慣れ、倉田の発言にクスリとしたユリカだったが、荷下ろしのトラックを寸前でやり過ごしたときにはさすがに青ざめた。倉田も声を上げていたので、やはり危なかったのだろう。ユリカはこの状況を今更ながら後悔し始めたが、もはやどうにもならない。倉田に全てを任せるしかない。


 新府中街道を抜け、幅30mのバイパスである東八道路に出るとSRは伸びるようにスピードを増した。速い。まさに風を切るような走りだ。信号のつながりは悪かったが、赤信号寸前でも倉田は次々と車の間をすり抜け、着々と吉祥寺に近づいていく。速度があがり、ユリカはただでさえおののいていたが、武蔵野線の立体交差で地下に潜るときにはそこが地獄の入口にも感じられ、恐怖は頂点に達した。しかし、それも一瞬で通り過ぎユリカの恐怖心とは無関係に車輪は彼女を目的地へと運ぶ。

 ――ここでもし事故にあって、2人とも死んだりしたら、どうなっちゃうんだろう?デスピノは?パパやママはどんなに悲しむだろう。須永先輩。死ぬ前に一目会いたかったな・・・。

 猛暑、タンデム、ハイスピードといった極限的状況の中、いつものユリカの妄想が膨らみ始めたが

「ほら、あれ多磨霊園!もうすぐだから!」

 の倉田の声にはっとさせられた。

 ――まだ生きていた。

 このあたりの土地勘がないユリカは多磨霊園と言われてもピンと来なかった。倉田の言うとおりだとすれば、一刻も早く着いてほしい。

 武蔵野公園、ICUを左手に通り過ぎてしばらくするとSRは東八道路を左折し吉祥寺通りに突入した。二車線から一車線へとなったので道路は混雑していたが、倉田は車列の脇を猛スピードで走ってゆく。ユリカは道路が狭くなったことで今度は車にぶつかる恐怖を味わった。よくもまあ、かすりもしないものだとユリカが感心していると

「やった!井の頭公園だ!ホラ、あれジブリ美術館じゃね?」

 倉田が歓声を上げた。しかしつたからまった美術館はユリカが確認する間もなく視界から消え去った。

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