第13話
月曜日の放課後、文芸部の部室を訪れてみるとすでに数人の生徒がいた。中には初めて見る顔もある。須永は相変わらず奥の椅子で本を読んでいた。その向かいで水彩絵具を画用紙に丹念に伸ばしていた横井がユリカを認めると、
「あ、ユリカちゃん、来たんだね。」
と例の上品な笑顔で迎えてくれた。手前で相変わらずスマホをいじっていた大沢が、ユリカが来るやいなや勢い込んで話しかけてきた。
「お、大石さん、ヘビメタバンドに入ったんだって?」
ユリカはなぜそのことを大沢が知っているのか不思議に思ったが、山賀が
「もう学園の話題ランキングトップだよ。生徒会長とのバトルとか、みんな知ってるよ。」
と教えてくれた。どうやら、先週の間に様々なうわさが
「大石さんがバンドやるなんて驚きだなあ。しかもあの3年のマヤ先輩のヘビメタバンドでしょ?なんか女子生徒にスゴイ人気があるんだよね。ね、山賀さん。」
大沢は興奮した様子で山賀に同意を求めた。
「お前は女子に人気があるってことだけしか興味ないだろ。普段ボカロとか聴いてんじゃん。大体、お前ヘビメタ否定的だったじゃん。」
山賀はニヤニヤしながら指摘する。
「いや、その、ヘビメタも最近結構いいかなって思い始めて・・・」
大沢は口ごもった。
黙って2人のやりとりを聞いていたユリカはどうしようかと思ったが、思い切って言った。
「そうです。わたし、色々あってデスピノに入りました。あのう、あと、ヘビメタじゃなくって、ヘビーメタル、もしくはメタルって言ってください。」
そう言われて2人はポカンとしていたが、向こう側から須永が声をかけた。
「その道にはそれなりの正しいこだわりがあるんだよ。ヘビーメタルと文芸少女、芸術的な取り合わせじゃないか!バンド、いいじゃない。それはそうと、部誌は読んでくれた?」
須永が会話に入ってきたのでユリカは嬉しくなった。
「はい、読ませていただきました。」
「ねえ、オレの小説どうだった?」
須永をさえぎって大沢が期待に満ちた目でユリカの返答を待つ。
オレ龍ケ崎大介はいかにしてドラゴンバスターとなり、王国を救ったのか
モンブラン大沢伯爵
グワーン、バリバリバリ!
日曜日の午後、家でオレはゲームをしていた。突然屋根が引き裂かれ、屋根がなくなった。オレの頭上には真っ赤な目をしたドラゴンが羽ばたいていた。オレは驚いたがどうにもすることができなかった。突然ドラゴンは炎を吹き、オレはそのまま燃え尽きた。次に目覚めたとき、オレは見知らぬ部屋にいた。
「フリードリヒ!フリードリヒ!」
どこからか人の声がする。
この部屋は石垣で作られている。オレの寝ているベッドは木でオレはそこで寝かされていたらしい。窓は一つでそこから朝日が入ってきている。こんな事があるわけねー!とオレは思った。そのうちに木のドアがバタンと開いて、ヒゲモジャの外人が入ってきた。
「おお!フリードリヒ!気がついたか!」
なぜかオレのことをこの外人はフリードリヒと呼ぶ。というか誰だ。それにどこだ。なぜ外人なのに言葉がわかるのか。
その時突然オレの前世の記憶が蘇った。
オレは伝説のドラゴンバスター、フリードリヒだったのだ。きっとその前世の報いでオレはゲーム中にドラゴンに焼き殺されたに違いない。なので、この状況にも納得がいく。この外人は友人シュナイダーだった。伝説の剣ドラゴンキラーを探す旅を一緒にしている頼もしい相棒だ。
「フリードリヒ、危ないところだったな。」
彼は笑いながら言った。「ギリギリ俺が魔法で時間を止めてなきゃ、お前はゴブリンに殺され今頃はお陀仏だったな。」
「お前は取り柄は、お前が時間を自在に操れる。そうだったな。」
ここまで読んだユリカは頭がクラクラしてきたので一旦本を閉じなければならぬ羽目に陥ってしまった。もう1度、今読んだ部分の意味を理解しようと数十秒を費やした。理解できなかった。須永が言ったとおり、本当にしょうもなかった。それでもなんとか頑張ってユリカはこの大仰で、ご都合主義にあふれた物語を読み通した。幸い、ページの割にセリフと擬音がほとんどを占めていたので、10分もかからなかった。
「ええと、ハッピーエンドで良かったと思います。今まで読んだことのないタイプの話で新鮮でした。」
余計なことを言わないよう、言葉を慎重に選んで答える。
「ああ、そう!ありがとう!今、第2弾を構想中なんだ。楽しみにしてて。」
「お前、大石さんが気を遣ってるのがわからないのかよ!」
相変わらず山賀は大沢の頭をぐりぐりしながら話している。この2人はいいコンビだ。
「あの、山賀さんの俳句も素晴らしいと思いました。」
バレンタイン常より帰宅を遅らせる
夏の終わり友と撃ち合いし水鉄砲
期末試験友を盗み見共に赤点
「いやあ、ありがと。社交辞令でも嬉しいな。」
山賀は満更でもなさそうな様子である。
「いつから作句を始めたんですか。」
「小学生の頃から。ばあちゃんが俳句好きでさ。見よう見まねで始めてみたらこれが結構面白くて。これでも去年、お茶のペットボトルに載ったんだよ。」
「わあ、すごい。すごいです。あれって何万句も応募されてるんですよね。それ、今も買えるんですか?」
ユリカは素直に感動した。
ドラゴンバスターの時とは全く違う反応をユリカが見せたので大沢は
「もう、売ってないんだよ。その時はもうお祭りで、山賀さん店をハシゴして全部お茶買い占めたんだよ。確かにすごいけど、山賀さんの俳句、結局あるあるですよね。」
と一矢報いようと必死だ。
しかしユリカは
「でも、俳句ってそういうものだと思います。日常の生活の中で、普通なら見逃しがちな一コマを十七音にぎゅうってつめるものだと。だからわたしは山賀さんの俳句、好きですよ。」
と全面的に肯定したので、大沢はぐうの音も出ない様子であった。
そうして大沢たちとの会話を適当に切り上げ、ユリカはととと、と須永に近寄った。
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