第14話

「須永先輩の小説、感動しました。どうしたらあんな話を思いつくんでしょうか。」

 確かに須永の小説は高校の文芸部の部誌に載るにはあまりにもレベルが突出していた。

 『幽霊の珈琲』と題されたその作品は、ドイツのデュッセルドルフを舞台に始まり、最後は東京で物語を終える壮大なスケールのミステリー作品だった。ドイツからの帰国子女という須永の面目躍如めんもくやくじょたるものがあった。

「作品をどこかに投稿しないんですか?」

とユリカが聞くと、

「うーん、俺はまだその段階じゃないかなって思って。もっといいものが書けるんじゃないかと考えてるんだよ。所詮アマチュアかなって。」

と須永は謙遜ではなく、本心から言っているようだ。

「ええ!そうなんですか。わたしは充分通用すると思うんですけど・・・。」

「へえ、大石さんが言うのなら自信を持ってもいいかな。ちなみにどの辺がよかった?」

「やっぱり最後の、現実か幻想か、区別がつかないように書かれているところです。『幽霊の珈琲』っていう小道具の使い方も上手で。あと、横井さんのイラストがぴったりはまって、より作品に深みが出ているというか。」

 相変わらず水彩絵の具を水で溶いている横井はそれを聞くとユリカににっこりと微笑んだ。

「ありがとう、ユリカちゃん。今度はユリカちゃんの詩に何か描けるといいな。」

 すると横井の隣でスマホを片手にそれを聞いていた、ロングストレートの黒髪で顔の半分近くを覆った女子生徒が口を開いた。

「ふうん、詩を書くの。私もそう。私は1年A組の美山鈴音。よろしく。」

 髪で覆われていない顔の部分からは、片目だけがユリカを見据えていた。

 いきなり片目から話しかけられてユリカはたじろいだが、同じ1年生とわかり、少し安心した。

「よろしく。わたしは大石ユリカ。あんまり上手じゃないけれど、詩しか書けなくて。えと、美山さんは詩人では誰が好きなの?」

 自分の好きな詩人だといいな、とユリカは期待して聞いてみたが、返答は意外なものだった。

「他の人とか読まないの。影響されたくなくって。強いて言えば、ボードレールかな。」

と自信にあふれた様子で美山は言った。

「ボードレールっていえば、『悪の華』?」

 ユリカが即答すると、美山はちょっと驚いた様子で

「う、うん、そうね。」

と何故かすぐにスマホに目を落としてしまった。

「さすが大石さん、ボードレールも読んだんだ。偉いねえ、勉強してるねえ。」

 須永が例のバルザックをパラパラとめくりながら口を挟んだ。ユリカは須永に褒められて顔が火照るのを感じながら

「い、いえ。たまたま家にあったのを昔読んだだけです。わたし、翻訳詩は実は少し苦手で。やっぱり日本語で書かれた詩が好きなんです。宮沢賢治とか、中原中也とか、三好達治とか。村野四郎や小野十三郎も好きですし、塚本邦雄は短歌なんですけど、1番好きかもしれないです。」

すらすらと様々な詩人の名前を出すユリカを前に、美山はすっかり黙り込んでしまった。

 ――あれ、わたし何か変なこと言ったかな。美山さんこっちを向かなくなっちゃったし。

「それにしても今年は2人も詩人が入部してくれて嬉しいな。あと他に1年生の男子がこないだ来たから、とりあえず部は存続しそうだね。80年以上続く我が文芸部も、最近は人材不足で毎年ヒヤヒヤするんだなあ。大石さん、今度の鎌倉文学館のあと、部誌編集前の編集会議兼、作品発表会をするから、それまでに何か書いておいてね。美山さんもよろしくね。」

 そう言った須永にユリカはハイと答え、美山もかすかにうなずいた。

 その後しばらく大沢たちと雑談したあと、5時から初めてのアルバイトが入っているのでユリカは部室を後にした。

 結局美山はひとり黙ってスマホを見ていた。

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