第102話

 ステージ上では何人もの少年たちが這い上がっては次々と、荒れる海のような群集の中へと飛び込んでいく。頭から飛んでいく者、一回転して沈んでいく者、そのまま走って宙を舞い、飛距離を競うようにジャンプする者・・・足がぶつかろうが、頭を打とうが関係なく彼らは飛び続ける。ただ、この瞬間のためだけに皆我を忘れてダイヴする。傍から見れば狂気の沙汰である。

 その異常な状況の中、ユリカはソロの後半へと突入する。ワウ・ペダルを踏みつつ激しくチョーキングし、ギターを通して彼女の魂の雄叫びを炸裂させる。

 ――飛べ!飛べ!みんなもっと飛べ!ああ、わたしのソロは彼らの翼だ。羽ばたけ!どこまでも!そう、そうだ!わたしだって飛べるはず・・・飛べる!飛べる!あっは、わたしは背中に翼を感じる!このギターと一緒にわたしも飛ぼう!

 ユリカはソロの仕上げに入りながらステージ前方に置いてある、高さ30センチほどのモニターアンプのスピーカーに両足を掛け、そのままそこに仁王立ちをした。

 その周囲の少年少女たちはユリカを畏怖の目で見守っている。黒衣をまとった小柄なヘビーメタルの女王は、破滅のメロディをライトハンド奏法でまき散らしながら立ちはだかり、ついには二本の高音弦を4回チョーキングしてソロを終えた。


 そしてその刹那、彼女は高く飛翔した・・・。


 ユリカは自分が空中にゆっくりと浮かんでいるように感じた。彼女は虚空で体をひねり、彼女を支えようと待ち構えていた無数の腕の中に背面から着地した。

 ユリカのダイヴで観客の熱狂は頂点に達し、講堂はそれ全体をゆるがす興奮のるつぼとなった。

 彼女は、衝撃を感じなかった。みなの手がユリカをゆっくりと、どこまでも運んでゆく。

 ユリカは轟音の響く中、目を閉じていた。

 ――わあ・・・ダイヴってこんなに気持ちがいいんだ・・・わたしは今、海を泳いでいる。月の海で言えば、さしずめ「嵐の大洋」だ。みんな、わたしを月まで連れてって!

 嵐の大洋を泳ぎながら、ユリカはギターを弾き続ける。もはやバンドと合っているのかはわからなかったが、時折見えるステージではキイチが全力でツーバスを踏み続けている。そしてそのバスドラのドドドドドドドドという地の底から沸き起こるようなサウンドをバックにマヤがギターを弾き、最後のパートを歌い始めていた。相変わらず何人もの人間が次から次へと、マヤの、ソメノの横を走り抜けて客席へと飛び込んでいる。

 そうしてユリカはいつの間にかステージの岸辺へと近づいていた。みんなの腕がやさしくユリカをステージへと押し戻す。彼女は再びバンドに戻り、ドコタカドコタカと鳴り響くドラムに合わせて夢中になってリフを弾いた。

 いよいよ「ダメージ・インク」は、ライヴは、クライマックスへと近づいていた。マヤは最後の力を振り絞るように叫ぶ。

 ――ダーイーン、タイム、イズ、ヒア!・・・ダメージインコーポーレリッ!

 ガッガッガッ!ガーガガガ

 ガッガッガッ!ガーガガガガー・・・

 イントロと全く同じリフでついに曲は終幕を迎えた。そしてあとはひたすらギターをかき鳴らす音と、派手なキイチのドラミングがフィナーレを飾る。

 客は汗だくになり、感動で涙を流し、ダイヴで擦りむき、絶叫していた。皆、とうとう終わりの時が来たことが信じられない様子である。

「みんなー!ありがとう!大大大大好き!また会おうね!」

 轟音が流れる中マヤはそう叫ぶと、エクスプローラーを床に置き、キイチの方へ向き直った。キイチはまだシンバルやタムやスネアを鳴らしていたが、マヤと目が会った瞬間、幼なじみの直感で、彼女がこれから何をしようとしているのかを理解し、覚悟を決めた。

 ユリカはギターを目茶苦茶にかき鳴らしながら、マヤに目を向けた。

 マヤはキイチに向かって指を差し、客に一瞬笑顔で振り向くと突然ドラムへ向かって全力疾走した。そのままマヤはハイジャンプし、まだ叩き続けているキイチのドラムセットに向かって飛び込んだ。

 どんがらがっしゃーん!

 ドラムとマヤとキイチが一緒に崩れる音が響き、それを合図にユリカとソメノは手を止め、ついにデスピノの演奏は幕を閉じた。

 最後のマヤの捨て身のドラムダイヴパフォーマンスに、そこにいた全員が息を飲み、再びうおおおおっと大歓声が起こる。

 やがて廃墟のようなドラムセットからよろよろとマヤが立ち上がり、キイチもそのあとからスネアやら、シンバルやらを放り投げて起き上がった。

 デスピノ!デスピノ!デスピノ!

 満場のデスピノコールの中、4人は自然とステージに横並びになって手をつなぎ合わせ、深々と頭を下げた。

 4人とも笑顔で涙を流していた。

 ありがとう、ありがとう、とユリカも声に出すが、デスピノコールでかき消されてしまう。4人は寄り添い、肩を組んで再び頭を下げた。それと同時に、ゆっくりと緞帳が降りてきて、彼らと観客の間を遮断した。

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