第20話

 鎌倉文学館は元来、昭和11年に建てられた旧前田侯爵家の別邸であったものを鎌倉市が譲り受け、有料施設として一般に公開している建物である。

周囲を山に囲まれた、青い瓦葺きの切妻屋根が目を引く3階建ての格調高い建物で、上品なクリーム色の外壁に対して、ブラウンの窓の木枠や手すり、大きめのガラス窓が絶妙なアクセントを添えていた。

一時期は故佐藤栄作首相が別荘として使用していたこともある。また、三島由紀夫が小説『豊饒の海』の『春の雪』巻の舞台として登場させるなど、それにふさわしいエレガントな佇まいも兼ね備えていた。

 館の前には生垣を隔てて25メートルプールほどの広さのよく手入れされた芝生の庭が広がっており、そこから水平線をぼうっと霞ませた相模湾が一望できた。そしてその庭より通じている10段ほどの石階段を下りると、なだらかな傾斜をもった芝生広場が広がっていた。

さらにその下にはバラ園が展開されており、そこでは様々な種類のバラが咲き誇る。赤・オレンジ・赤・ピンク・黄色・オレンジ・白・赤・オレンジ、といった具合にそれぞれの鮮やかないろどりと美しさを強く主張していた。

「海が綺麗だねー」

「ここより海に行きたかった」

「もうパン食べたい」

「バラがものすごく素敵」

とそれぞれの感想を述べながら誰ともなしに、芝生の広場への移動が始まった。

全員が空腹を感じていたので、文学館へ入る前にとりあえず庭園にある樹齢三百年とも云われる巨大なスダジイの木陰のベンチで食事をとることになった。

空高く、数羽のトンビがいーよろろろろと鳴き声を上げていた。鎌倉駅前や八幡宮の喧騒とはうって変わって、ここは非常に落ち着いた雰囲気に包まれていた。人出はそれなりにあるものの、混み合ってはいない。知的な香りを求めてくる人々が主な客層のためか、心なしかみんな行儀がよく見える。ユリカたちのように、芝生でお弁当を食べているグループも何組かいた。

「ね、大石さん、ちょっと写真とってくれない?」

そのゴシックなルックスとは裏腹に、かわいらしくアンパンを食べ終えた美山はユリカにスマホを差し出してきた。ユリカは快く応じた。

「うん、いいよ。美山さんの服、文学館の建物とマッチしてるよ。たくさん撮ろうよ。」

「ありがとう。右45度からがベストなんでお願い。」

 何のベストかよくわからなかったが、ユリカは逆らわずに文学館を背に黒パラソルをさしてアンニュイなポーズをとる美山の右45度の全身写真を数枚撮ってやった。

「今度はアップでお願い。」

美山は片目が出ている顔を気持ちうつむけて、物思いにふけるような表情を見せた。さらに数枚撮ったところで撮影会は終了した。美山はスマホを受け取ると素早く一連の操作を行い、それが終わると満足そうに笑った。

「どうもありがとう。実は私、ブログやってるの。ほら見て。」

写真を撮ったので機嫌が良いのか、要求したわけでもないのに美山はスマホの画面をユリカに見せた。

『黒天使の血』と題されたそのブログは、黒をベースに血が滴り落ちる壁紙を背景にしていた。とてもゴールデンウィークの快晴の空の下で見るような代物ではない。早速撮ったばかりの写真がアップされており、『蝋人形の館』と物騒なタイトルが付けられていた。鎌倉文学館としては、好いつらの皮である。

ちなみに他の日のタイトルを見ると

「突き刺されたナイフ」だの、

「血と氷の祝祭日」だのといったものが並んでいた。

ユリカは若干引きながらも

「わあ、なんかすごいね。個性的だね・・・」

と控えめに感想を述べた。一刻も早く文学館の中に入りたい、と切実に思った。

「ネットで知り合ったお友達に公開しているの。この中に詩を載せたりしてるから、後で読んでみて。」

片目の眼光鋭く美山が迫ってきたので、うん、見るよ、と生返事をしてユリカは自分のアイフォンに仕方なく『黒天使の血』をブックマークした。

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