第89話

『ザ・ビューティフル・ピープル』に戻ると、ユリカが出かける前に比べて閑散としている様子である。2人を連れて教室に入ると電気がついており、美山と池田が後片付けをしていた。

「あ、もう終わりです・・・って大石さんか。あれ、友達?なんかさ、予想以上にお客さんが来て300杯分完売しちゃったんだよ。だからもう閉店。先輩たち、ご飯食べがてら、見学に行っちゃって、今私と池田君しかいないんだよ。あっ、ひょっとしてすごい面白いっていう友達?」

 美山は急に目を輝かせてユリカに寄ってきた。

「う、うんまあね。でもスゴイね。きっと売上もかなりいくんじゃない。じゃ、倉田くん、コーヒーは無しだ、ごめん。せめて部誌だけでも持っていって。はいどうぞ。」

 そう言ってユリカは2人に部誌を手渡した。

「これ、大石の詩が載ってるの?読んでいい?」

「いやー、なんか目の前で読まれると恥ずかしいから後にして・・・。」

 ユリカが急にしおらしい様子を見せてそう言ったので倉田はわかった、と言ってボディバッグの中に本を大事そうにしまった。

「ヨウスケ、じゃこれからどうする?ライヴって何時からなの、大石さん。」

「えーっと、5時半。いま3時半だからまだちょっと時間あるよね。どうする、2人とも学校見てくれば。わたしはちょっと片付けを手伝うから。」

 3人の会話を聞いていた美山が突然割って入った。

「ねえ、少しここで休んでいったら。それで私に何か面白い話して!」

 初対面のゴスロリ少女に突然面白い話を、と振られた男子ふたりは困惑した。

「急に面白い話って言われても・・・。」

 倉田はそう言いながらも、イスに座って話しだした。

「昨日、またコイツの家に泊まったんだけど、なんだっけな、そうだ、腕時計の話。西川がさ、時計がないから欲しいって言い出して。」

「それはもうすぐにでも欲しくなっちゃって。猛烈に。」

 と西川。それを受けて倉田が続ける。

「でも、夜中に買えるわけないじゃん。欲しいよー、欲しいよーってうるさいんだよ。そしたらこいつ、もういい、自分で何とかする!とか言い出して、マジックペン取り出して、自分で左手に時計を描きだしてさ。」

「それがこの時計ね。」

 そう言って西川が差し出した左腕には緑のマジックでド下手な時計の絵が描かれていた。小学生並の発想である。よく見ると時刻は9時を差し、その下にはカタカナで“ロレックス”と書いてあった。ユリカと美山は爆笑した。

「あと、この時計の欠点は、一日2回しか時刻が正確じゃないっていうことかな。コイツに、いつ時間を聞いても9時だし。」

 倉田が真面目な顔をして言うのでそれが余計におかしかった。

「そのあとさ、こいつ今度はポロシャツも欲しいよー、とか言い出してさ。自分で胸に馬のマークを描いてラルフローレンだとか言ってんの。」

「見る?見たい?じゃ逆にオレが恥ずかしいけど、どうぞ。」

 西川は着ていたTシャツを胸の上までめくった。確かに彼の左胸には大きめの、馬らしきマークがやはり緑のマジックで描かれていたが、どう見てもラルフローレンではない。ご丁寧に襟までマジックで描かれていた。ユリカと美山はキャッキャと言いながら笑った。近くで見ていた池田もさすがにそれには笑っていた。

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