第99話

 ところが、観客の盛り上がりとは反対に、マヤは静かに話しだした。

「・・・次の曲は、アタシが初めてメタリカを知った曲なんだ。だから特別な思い入れがあるの。最初はとても静かに始まるんだけど、後半はスゴイからね。この曲、実は、歌詞がとっても悲しいの。戦争に行って、手足が地雷で吹き飛ばされて、目も見えず、耳も聞こえず、口もきけなくなった、ジョニーっていう人の話。暗闇の世界にたったひとり取り残されたから、タイトルは“ワン”。」

 しいんとなった会場でマヤは目を伏せて“ワン”のイントロを、クリアーでにごりのない音で弾き始めた。美しく、硬質な弦の響きが講堂に響き渡る。この曲を知る者は皆、マヤのリフの旋律を一緒に歌いだした。

 その8小節後に、ユリカが哀愁に満ちたソロを重ねる。彼女は繊細な運指でメロディを弾いた。2本のギターが織り成す調べは、ストレートに聴衆の琴線に触れる。

 やがてキイチがバスドラとハイハットでリズムを刻み始める。ユリカのソロは高音部に移り、カーク・ハメット独特の印象的なフレーズを奏でる。そこにソメノがベースを加え、曲はようやくその姿をあらわにする。やがてマヤとユリカはバロック音楽調の複雑にからみ合うアルペジオを丁寧につむぎ、それがマヤのヴォーカルラインの道しるべとなる。

 ――これは夢なのか・・・俺にわからない・・・

 戦場で全てを失ったジョニーをテーマにした“ワン”を、マヤは情感たっぷりに歌い上げる。観客はその訴えるようで、心の奥に突き刺さるような彼女の歌唱法に魅了された。

 アコースティックで静的なギターをバッキングに、マヤは感情を抑え気味に歌う。聴く者はこの美しいバラードに酔いしれていた。

 透明感と、ある種の静謐せいひつささえ感じさせるように進んできた曲がコーラスの部分に入る瞬間、ユリカとマヤは同時にエフェクターを踏んだ。するとそれまではクリーンなトーンで進んできた曲に、激しいディストーションギターの音が重ねられた。

 ――死を想い息を止める・・・おお、神よ、救いたまえ!

 突然チェーンソーのように入ってきたその重々しい音によって、聴く者はこの曲の持つ強いメッセージを感じさせられる。しかしコーラス部分が終わるとすぐにギターのノイジーな音は消え、再び静かなヴァースパートに戻る。

 観客はみなマヤの歌声に合わせ、ゆっくりとサイリウムを振りかざしている。

 二度目のコーラスが終わると、後半への橋渡しとなるユリカのソロとなった。この部分はほとんどエフェクターを使わない、限りなく生音に近いサウンドなので、より正確な音程とピッキングが求められ、ごまかしは効かない。しかしユリカはその部分を難なく弾きこなし、ジョニーの苦悩を彼女なりに表現した。

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