第43話

 結局全棚卸作業が終了したのは1時15分であった。そろそろリハが始まる時間である。終わるやいなや、店長のお礼を聞くのもそこそこに、ギターを背負った制服姿のユリカと、エンジニアブーツを履いた倉田の2人は階下の駐輪場へ向かって階段を駆け降りた。踊り場にある、いつもは少しも気に留めることのない広告のパネルのモデルが、ユリカにはやけにのんきな表情に見えた。

 初めて見る倉田のSRは綺麗に手入れをされ、銀のマフラーは美しく輝いていた。

「うわーこれが倉田くんのバイク!カッコいいね。でも倉田くん、2人乗りしたことあるの?」

「無い。でも行くしかないだろ。」

 倉田は心許ない返事を返す。倉田はユリカに半球状のヘルメットを渡しながら

「ほら、これ、かぶって。一応、いつ誰が乗ってもいいように用意はしてあるんだ。」

 と言い、黒のフルフェイスのヘルメットを装着し、手袋をはめた。ユリカにギターを背負わせると安定が悪そうなので、倉田がギターを背負うことにした。

 倉田はSRにまたがると、力強くエンジンスターターをキックした。一発でエンジンが点火され、この400CCのオールドファッションなオートバイは駐輪場にどどっどっどっどっどっどと力強い咆哮ほうこうを響かせた。

 バイクってこんなに大きな音がするのかとユリカは驚いていた。

「ほら、早く乗って!」

 ユリカはどうしたものかと思いつつ、なんとか後部シートに腰を落ち着けた。妙に地面より高い位置にあって、非常に不安定な感じがする。倉田に抱きつくのを躊躇ちゅうちょして、ギターをはさんで遠慮がちに彼の腰に手を固定したが、

「行くよ!しっかりつかまって!」

 と言われ、数メートル走り出したところで、その体感速度と、生身で風を切る怖さに羞恥しゅうちなど関係なく倉田にしがみついていた。最初のカーブで車体が斜めになったときは、悲鳴をあげた。

 倉田の背中を通して4ストロークエンジンの振動が直接体に響く。同年代の男子に抱きつくなんて初めての経験であるユリカは意思とは関係なしに鼓動が高まったが、幸いギターを挟んでいるので倉田には気づかれずに済んだ。

 多摩ニュータウン通りから鎌倉街道にかけては2車線の大きな道路である。それなりに交通量も多い。残暑の黄色く強い陽を浴びて、16歳の少年少女を乗せたSRは猛然と車を抜き去ってゆく。最初のうち、手を離せば確実に死ぬ、と思いユリカはほとんど目を閉じていた。しかし、目をつぶると逆に周りの様子がわからない分、恐怖度が増すのですぐにやめ、凄まじい勢いで近づいては遠ざかるロードサイドの風景をただ眺めていた。かなりのスピードが出ているはずだが、猛暑のせいでほとんど涼しさは感じられない。信号で止まると途端にねっとりとまとわりつくような湿気とアスファルトの照り返しに包まれたユリカは目眩めまいがしそうになった。

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