第9話

 ――うわ感動!こんなにも皆で曲を合わせることが素晴らしいなんて!わたしは今、バッテリーをバンドで弾いている。なんて幸せな気分なんだ・・・ヘビーメタルってやっぱり素敵・・・マヤさん、ギターも歌も上手いなあ・・・キイチさんのドラムも迫力満点だし、ソメノさん指でバッテリーを弾くなんて信じられない!ああ、ワンコーラス目が終わる、次はわたしの短いソロ・・・よし、なんとか弾けた。あれ、何かおかしいな。マヤさん、速くない?いや・・・わたしが遅いのか。あれ、ずれたのかな。まずいまずい、見失いそう・・・よかった、とりあえず、ブレイクだ。バッ、テ、リー!ようし、いよいよわたしのソロだ、頑張らなきゃ。ワウを踏んで、ここでチョーキング!ああ楽しいなあ!こんなにギターを弾くのって楽しかったんだ。家で1人で弾いているのとは大違い。なんていうか、みんなとの一体感。マヤさんがこっちを見て笑っている。嬉しい。うわ、すごいヘッドバンギング!わたしもそのうちやってみたいな。でも・・・今は合わせるので精一杯だよう・・・ツーバスどこどこ凄すぎる、うわまた見失った。ていうか腕が痛いよう・・・キイチさん、速すぎるって。あーもう曲が終わる、ここで合わせよう・・・なんとか辻褄合わせたぞ・・・終わった!

 ざん!と曲がおわった瞬間、全員が笑顔であった。

「ユリカ、なかなかうまかったよ。でも少し速かった?ちょっと後半ズレたね。」

 マヤはあんなに激しく弾きながら歌っていたのに、少しも息を切らさずにユリカに尋ねる。

「は、はい・・・CDに合わせるのとバンドで弾くのって、全然違うんですね・・・ごめんなさい、ズレてしまって。ちょっと腕が痛くなりました。」

 しかし楽しかったのはここまでだった。次の曲の『マスター・オブ・パペッツ』はてんでユリカには歯が立たなかったのだ。

 この曲はひたすら腕を振り下ろし続けるダウンピッキングで8分音符を刻まないと、あの重量感が表現できない。けれどもユリカの右手は、マヤの強烈なダウンピッキングには全くついていけなかったのだ。マヤの刻みがずずずずずずず、だとすれば、ユリカの刻みはずずず・・・ずずず・・・と途切れ途切れになりがちだった。見かねたマヤは、ソロにたどり着く前に一旦曲を止めた。

「ユリカ、大丈夫?速すぎる?」

 今にも泣き出しそうなユリカに恐る恐るマヤは尋ねる。

「すいません、止めちゃって・・・。家で弾くのとは全然勝手が違って、手首が動かないんです。CDには何とか合わせられるんですけど・・・。」

 そう言っているあいだにも早くも両目からぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちてきた。

「ユリカ、泣かないで!大丈夫よ、今日初めての練習なんだし、そんなに焦らなくてもいーよ。」

 マヤがユリカの泣きそうな様子をなんとか止めようと必死にフォローする。

「そうだよ、ユリカ、あなたソロはものすごく上手なんだから、バッキングだってすぐにできるようになるよ!ね、キイチ」

 ソメノがキイチに助けを求めるように同意を促す。

「ユリカちゃん、ソメ姉の言うとおりだよ。俺らも最初はド下手だったから。すぐに弾けるようになるよ。ほら、泣かない、泣かない」

 みんなの優しさがかえってアダとなり、ユリカはついにあーんと泣き出してしまった。

 見かねたマヤが、またしてもユリカのメガネを外してハンカチで涙を拭いながら

「そうだ、じゃあとりあえず途中から、テンポが落ちるところからやろうよ。ツインリードの部分。それならできるでしょう、ね、ユリカ、いい?」

 と、そよ風のようにささやいたので、なんとかユリカはうなずき、ディストーションをオンにする。

 マヤはほっとした様子でマスターの中間部のクリーントーンのアルペジオを丁寧に演奏し始めた。それに合わせて、ユリカはバイオリン奏法で音を重ねる。そうしてそのまま2人はこの曲で最も美しいツインリードのハーモニーを奏で始めた。再び演奏に戻ったユリカは、先ほどの悲しみがどんどん薄れていくのを感じた。音楽の力だ。そうしてマヤが丹念にソロを弾き始める。ユリカもアルペジオなら問題なかった。そうして再びツインリードのパートとなり、やがてヘヴィなディストーションのずんずんとした響きへと突入する。

 マスター!マスター!

 フロントの3人でコーラスを叫んでいると、さらに悲しみは希薄になり、再びバッテリー演奏時の高揚感がよみがえる。そのままユリカはマスターのソロを弾きだした。さすがにソロは完璧にこなしたのでマヤは安心したが、やはりその後のバッキングになるとユリカはかなりしんどそうだった。

 幼い頃から一緒に育ち、何年もバンドをやっている3人のグルーヴは完璧で、ユリカはその中になかなか入っていけない。ソロの部分はなんとか乗ることができたが、やはりリズムの感じ方が全然違うのである。

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