第10話
――メタリカに加入したばかりのジェイソンも、こんな気持ちを味わったのかしら。
ぼんやりそんなことを考えていたら、いつの間にか曲は終わってしまった。さっきとはうって変わって、全員無言になってしまったので、マヤは気分を変えるためにとりあえず休憩を提案した。皆で連れ立ってロビーに向かう途中、ユリカはまたしても泣きたい気分だったが、下唇を噛んで必死にこらえた。そんなユリカの心中を察したマヤは自動販売機の前で優しく話しかける。
「ユリカ、大丈夫?落ち込まないで。ほら、何飲みたい?おごるよ。」
「くすん。ありがとうございます。ふってふってゼリーのグレープがいいです。」
「いきなり変化球だね。ほら、振ってあげようか?」
マヤはそう言いながら出てきたふってふってゼリーグレープをものすごい勢いでシェイクした。
「ああっ、そんなに振ったらとろとろになっちゃいます!」
あわてたユリカの様子がおかしくてみんなが吹き出した。ソメノが腹を抱えながら言った。
「ユリカ、あなた面白いわ。泣きグセさえなければもっといいのにね。」
「そ、そうですか。振りすぎるとホントにとろとろになっちゃって、ゼリー感がなくなるんですよ。昔同じ失敗をして、絶対に
ユリカの言葉を聞いていたキイチは
「ユリカちゃんはなかなか凝った表現をするけど、本が好きなのかな?」
とスポーツドリンクをがぶ飲みしながら質問した。ユリカは自分の親の職業や、文芸部に入った経緯などをそこで話した。
「へえ、どうりでユリカは言葉遣いが上手なんだ。文芸部っていえば、部長は須永くんだよね?それにしてもこれ、意外においしいねえ。」
マヤはユリカの真似をしてふってふってグレープを購入し、その初めての食感を楽しんでいる。
「須永くんってC組のあの背の高いコ?彼結構カッコイイよね。たしか、帰国子女で中学くらいまでドイツにいたんじゃなかったっけ?」
ソメノはマヤに勧められたふってふってゼリーを断ってミネラルウォーターを飲んでいた。ユリカは須永がドイツからの帰国子女と聞いて、カフカが好きなのもなんとなく納得がいった。胸の奥がほんのり暖かくなり、来週部室に顔を出してみようと思った。
「さあ、休憩終わり。ユリカ、マスターは無理にバッキング弾かなくてもいいからね。練習すれば大丈夫だから。アタシも最初は腱鞘炎になるんじゃないかってくらい練習したんだから。もう毎日ダウンピッキングのことばかり考えてた時期があった。バッカみたいでしょ。」
マヤはそう言ってユリカの腕をとった。結局ユリカはマスターのバッキングは諦めて、弾けそうなところだけをところどころ埋めた。自分が情けなくなった。ギターを始めて7年半、初めて突き当たった壁だった。しかしダウンピッキングについては、これからの練習で何とかなるだろう。むしろ問題はユリカの使っているギターとエフェクターだった。マヤの音と比べると雲泥の差がある自分のサウンドを何とかしたかった。練習帰りの京王線の中で新しいギターを買わなくては、という思いが鉛の塊のようにユリカにのしかかってきた。そしてその新しいギターとはあのベラルゴシでなければならなかった。
――あのギターは12万円。わたしの入学祝いや、お年玉の貯金を全部合わせても8万円くらい。それにエフェクターもそろえなきゃ。少なくともあと6万円近くは必要だ。でもそんな大金、どうやって?
今日の練習での惨状や、これから必要なお金のことで頭がいっぱいになって、
――こんなはずじゃ無かった・・・私なんてまだまだダメだ・・・。
とユリカは多摩センターの改札をしょんぼりと抜けたのだった。
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