第70話

 ――わあ、やっぱりみんな驚いている。審査員のひとたちも喝采しているみたいだ。このままいけば、わたしたちの優勝みたいなものだ。ようし、あとはわたしが完璧にソロを弾きこなしてさらに盛り上げるぞ!

 ザクザクと腹の底に響くリフを弾き、“マスター!マスター!”とコーラスを叫びながら、ユリカは柄にもなく大胆な考えを持った。


 ・・・しかし、デスピノの破竹の勢いはこの時までだった。

 それは、起こるべくして起きた。

 恒例の、ギターソロ直前の

「ギターソロ、ユリカ!」

 をコールするつもりでユリカの方へ顔を向けたマヤは目をいた。

 ユリカの立ち位置よりも少し斜め後ろにいたコウタローの扮するドラゴンの口は大きく開かれており、そこに小さな種火がゆらめいていたのだ。

マヤの脳裏に去年の悪夢がよみがえった。

 ――まさか。

 もう止められなかった。ユリカがソロに入る瞬間に、コウタローは頭部の機械と連動している手元のレバーを引いた。と同時に、勢いよくドラゴンの口からボワッとひとかたまりの大きな炎が吐き出された。

 ユリカは夢中でソロをプレイしていたので最初は騒ぎに気がつかなかった。気分良く速弾きを決め、観客の反応を確かめようと目をそちらへ向けると、なにやら騒然としている。こちらを指差す者もいれば、スマホを取り出して撮影し出す人間もいた。それを自分への注目だと考え、さらに勢いに任せて弾き続けたが、どうも様子がおかしい。そして妙に後方に熱さと明るさを感じたので、ふと振り向いたユリカは自分の見ているものが信じられなかった。

 最初のひと吹きで炎がドラゴンの頭部に引火し、めらめらと勢いよく燃え始めているところだった。

 コウタローの表情は当然見えないが、手足をバタバタさせて、必死に頭の部分を外そうとしているようである。ユリカは仰天し、思わずソロを弾く手を止めてしまった。しまったと思ったが、時すでに遅し。どのみち、こんな状態で演奏は続けられるはずもなかった。

ユリカが演奏を止めたのとほぼ同時にバンドも曲をストップさせた。マヤのギターのキィーというハウリング音だけが鳴り、大騒ぎしている客の声が聞こえてきた。そうしてステージの四人は、ただ炎上するドラゴンをなすすべなく見ているしかなかった。

 コウタローは燃えさかるヘッドをようやく外し、舞台袖へ放り投げ、その拍子にバランスを崩して倒れた。先ほど消火器を確認したスタッフが素早く火を消し止めたので、ひとまずボヤは収まった。

 観客席はざわめきで満たされ、他のスタッフや審査員たちも心配そうな表情でこちらを見ている。

 立ち尽くし、黙ったまま唇をかんで事の成り行きを見ていたマヤは、毅然きぜんとした表情でやおらマイクに向かって言った。

「みなさん、どうもお騒がせしました。身内がとんでもないことをやらかしてどうもすみません。本当にごめんなさい。デスピノは棄権します。みんな、戻ろう。」

 そしてアンプから乱暴にシールドを引き抜き、エフェクターケースを抱え、舞台袖へと足早に向かった。いまだ倒れて動けないコウタローの腹を、そのままどすんと思いっきり踏んづけてマヤは姿を消した。残された3人もあちこちに向かって頭を下げ、各自の楽器を持って退場した。コウタローはなんとかスタッフに抱えられてやはり舞台から消えた。

 幸い機材にダメージはなく、ベルスパークスの演奏には支障はないようだ。ステージから戻る時の他の出演者の憐れむような、それでいて責められているような視線がユリカには痛かった。ユリカたちの去ったステージではイグニスが何やら興奮した様子でトークを始め、なんとか場をつないでいる。


 控え室は最終結果発表があるため、出演バンドは全員舞台袖へと移動していたので無人であった。

 がらんとした控え室にひとり戻ったマヤは、無表情にギターをケースにしまい、丁寧にシールドをまとめ、エフェクターケースを閉じた。

 そして椅子に座ると突然顔を両手で覆って、すすり泣いた。

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