第55話

「大沢はすぐ調子に乗るから。メイドカフェはまずいでしょ。でもさ、それ、いいんじゃない?いいって言うのは美山さんの趣味でやるってことね。ゴシックアンドロリータの服を3人の女の子が着れば、かなり客を呼べるんじゃないかな?」

 須永の提案に皆が、おーという声を漏らした。ユリカは驚いたが、美山は満更でもない様子である。

「私は別に構いませんよ。服はたくさんあるから、横井さんと大石さんに貸してあげるよ。」

「ええっ!貸してくれるの?実は私、ああいう服1回着てみたかったんだ。ユリカちゃんもやろうよ!」

 横井の意外な反応にユリカは驚いた。このままいくと、必然的に自分もあの衣装を着ることになる。3人でゴシックアンドロリータを着ている場面をユリカは想像してみた・・・案外良いかもしれない。ひょっとしたら、普段とは違う自分の姿を須永が気に入ってくれるかもしれない・・・。

「わ、わたしも大丈夫です。着ます。」

「オッケー!なんかいいんじゃない。大沢の発言が意外なヒントになったよ。じゃあ、今年のテーマはゴシックアンドロリータで行こう。美山さん、衣装よろしくね。コンセプトはこれから美山さんを中心に煮詰めていこう。あれ、なんか外すごいことになってない?」

 須永がそう言うと同時に皆が外の様子に注意を向けた。いつの間にか雨滴が窓を叩き始め、びゅおーという風の音が聞こえている。

「うわ、今日はもう帰ろうよ!下手すると電車が止まっちゃうよ。俺、前にゲリラ豪雨で4時間くらい駅で待たされてスゲー辛かったことがあったよ。」

 山賀はそう言って早くも帰り支度を始めた。その合間にも風は吹き荒れ、雨も勢いを増すばかりである。


 部員たちが初台駅に着く頃には雨も本降りとなり、この世の終わりかと思えるような深い灰色の曇天どんてんからは時折雷の音が響いてくる。ほぼびしょ濡れになり、傘を飛ばされそうになりながら、ユリカはなにか恐ろしいものがあの雲の中から現れるのではないかという考えがぬぐえなかった。

 その一方で、ユリカはどうせならもっとすごいことにならないかなあ、とも思う。なぜか小さい頃から彼女は台風の現場リポートが大好きで、ひとたび台風が来るや、テレビにかぶりつきの状態になった。駆け出しのアナウンサーが、立っているのもやっとの風が吹く波濤はとうの高い海岸などでリポートをさせられているのをわくわくしながら見た。

 おととし、超大型台風が来た時など、ユリカはかたっぱしから翌日のワイドショーの台風特集を録画した。その中でも街頭での生中継中に、薄っぺらい板が飛んできてリポーターを直撃するという奇跡のような場面が特にユリカのお気に入りだった。

「あいたっ!」

とテレビ出演を忘れて発するリポーターの声が面白くて、ママに呆れられながら、何度も見ては大笑いをしていた。


「台風は怖いですけれど、なんだかその一方でワクワクするんです。」

 雨水が滝のように流れる駅の階段を降りながらユリカは須永に言った。

「そうだねえ、わかるよその気持ち。自分に被害が無きゃね。」

「どの子にも激しき風の野分かな」

 山賀がしかつめらしく詠じた。

「あー山賀さんパクってるー」

 ユリカはすかさず指摘する。

「大石さんにはすぐバレちゃうなあ。」

 と山賀は舌をぺろっと出した。こういう機知のある会話ができる人たちと出会えたことにユリカは幸せを感じるのだ。いつまでもこのまま高校1年生でいられたら、と叶わぬことを願った。

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