第26話
「サンキュー、良くわかったよ。またわからなくなったら、教えて。数学かわりに手伝うからさ。あー早く試験終わんないかな。あっ、そうだオレついに免許取ったんだ。」
そう言って倉田はカバンから自動2輪の免許証を取り出してニヤニヤしながらユリカに見せた。受け取って見た途端、ユリカはその免許証に写っている倉田の写真の表情をみて大笑いした。
「あっはは、なにこれ?なんで泣きそうな顔で写ってるの?おもしろーい。よくこんなので免許もらえたね。」
「笑うだろ。なんかさ、同じクラスのヤツで、西川っていうんだけどすげーギャグの切れるヤツがいてさ。そいつ、学生証の写真が上半身裸なんだよ。な、面白いだろ。しかもメチャメチャ真剣な顔して写ってるんだ。証明写真機の中でわざわざそれを1人でやってたかと思うと、ある意味そっちの方が面白いんだけどさ。悔しいからそれに対抗してこの顔写真。どうだ、免許証で泣き顔だ!ってね。で、まあ、オレ西川と1番仲がいいんだけど、あいつマジで面白すぎるんだよ。こないだなんか、アイツいきなりアフロヘアーにしてきてみんな大ウケ。そう、けっこう体張ってるだろ。でもさ、もうみんなすぐに慣れちゃって、1日で飽きられてさ。そしたら、あいつ1週間後にはいきなり5厘刈りにしてきやんの。教室に入ってきた瞬間、こんにちは、ゴリン・ガリです、とか言ってさ。真っ青の頭で僧かと思ったよ。」
ユリカは次から次へと披露される倉田のエピソードに腹痛寸前まで笑わされた。よくもまあ、こんなにも面白いことが彼の周りでおきているものだと感心した。しかしそのうちに、面白いのは起きていることではなくて、それを伝える倉田自身にあると理解し始めた。
巧みな話術、独特な発想と着眼点で、日常の何気ないことも笑いに変える。それが倉田のユーモアの方法論だった。
倉田はユリカがよく笑うので気を良くしてさらに話を続ける。
「こないださ、80すぎくらいのおばあちゃんが店に来たんだよ、それで俺にさ
“ゴキブリの薬でねえ、なんだったかしら、名前が思い出せないのよ。うーんなんかね、可愛い名前だったんだけど・・・”
みたいに聞いてくるわけ。オレもおばあちゃんがあんまりフワフワしたこと言ってるからよく分からなくて、とりあえず害虫駆除コーナーへ連れて行ったんだ。それで可愛い名前ってなんだろう?と思って色々一緒になって探したけどないんだよ、それらしいのが。いやいや、ホウ酸ダンゴじゃないんだ。
“おかしいわねえ、なんかエサみたいなのよね・・・それで可愛い名前なのよ”
って何度も言うんだよ。オレも困っちゃってさ、でもそのまま帰したらなんか可哀想だから色々考えたよ。その時、ひらめいたんだ。カウンターの奥にそういえばゴキブリ駆除のアレがあった!って。絶対それだと思ったわけ。で、おばあちゃん連れてさ、カウンターで見せたんだよ。そうそう、『ゴキプルン』!そしたらさ、おばあちゃん
“ああ、そうそうこれ!ゴキプリンよ!”
とか言い出して、オレもう吹き出しそうになってさ。な、普通笑うじゃん。プリンはないでしょ、プリンは。それでも頑張って笑いを我慢してたわけ。でもおばあちゃん、ダメ押しで
“これよね、ゴキップリンね、かわいいのよねー。覚えておこう”
とかもう一度言うんだよ。なんとかこらえて店長にレジお願いして、オレそのまま店の外にダッシュして一人で大笑い。歩いてる人がこっち見てたけど、もう無理なの。オレしばらくそれで思い出し笑いすることあったわ。」
ユリカはこんなに笑ったのは生まれて初めてだというくらいに笑った。笑いすぎて顔の筋肉が痛くなったくらいだ。
倉田は中学の時も同じような調子でクラスの中心にいたが、ユリカはそこからは離れた位置にいたので今、面と向かって彼の愉快な話を聞くというのは、何か一人でぜいたくな料理を食べているような気分になった。
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