第33話

 開演前の大ホール前ロビーは多くの客でごった返し、そのほとんどは高校生である。ロビーは若さであふれ、活気に満ちた空間となっていた。ユリカの知った顔も何人かいた。マヤとソメノもあちこちから声をかけられて、そのたびに立ち止まったり、場合によっては話し込んだりもした。ユリカは2人と一緒にいることで、遠くから指差されることもあった。

 2階ロビーのグランドピアノそばの背もたれ椅子に3人並んで腰掛けていると、人ごみの向こうからキイチが一人の女子生徒と連れ立ってやってきた。

「ああ、ここにいたんだ。今日はサンキュー。外スゲー暑いだろ。遊園地なんてきつかったんじゃないの?」

「暑かったよお。でもさ、ユリカがお化け屋敷で大騒ぎしたり、クレープをぐちゃぐちゃに握り締めたりしていろいろ面白かったよ。ユキナちゃん、キイチは調子に乗ってない?」

 ソメノにユキナと呼ばれたショートカットの女子生徒は、目がくりくりとしてどことなくリスを思わせるような可愛らしい顔立ちをしていた。

「こんにちは、マヤさん、ソメノさん。大丈夫です、みんなにも評判いいんですよ、キイチ君のドラム。ああ、この子がユリカちゃん?なんかかわいい。私ユキナ、よろしくね。すごくギターがうまいんだって?キイチくんいつもそう言ってるんだ。あと、横井にも話聞いてるよ、たくさん本読んでるんでしょ。スゴイね。」

「こ、こんにちは。大石ユリカです。いえ、わたしなんかたいしたことないです・・・。横井さんとは仲がいいんですか?」

「うーん、横井はクラスが違うから、たまに話すくらいなんだけど体育の時間は一緒でさ、ちょうどデスピノの話で盛り上がった時があって、ユリカちゃんの話になったから。でも、今日はわざわざありがとう。キイチ君は2部の出演だから最初は出ないの。1部はかっちりとした吹奏楽の曲をやるから退屈かもね。」

「いえ、わたし初めて吹奏楽の演奏会を見るので楽しみにしてるんです。ユキナさんは何の楽器をやっているんですか?」

「私?私はトロンボーン。ぶわわーんっていう楽器。」

 そう言いながらユキナはトロンボーンを持つ仕草をして、右腕を前後に振った。

 ヴードゥー・グロウ・スカルズのあれか・・・とユリカは思ったが、きっと言ってもわからないと思い

「なんだか難しそうですね。」

 とだけ答えておいた。

 「おい、そろそろ戻ったほうがいいんじゃないの?」

 キイチが時計を見てそう言ったので、2人はマヤたちに手を振ってホール方面に向かっていった。

 「仲良さそうですね。」

 ユリカは2人の後ろ姿を見ながらマヤとソメノに話しかけた。

 「でもケンカとかもするみたいだよ。で、いつもキイチが謝るらしい。あ、そうか、コパカバーナやるんだ。あたしこれ好き。」

 マヤはプログラムを見ながら言った。

 「有名な曲なんですか?」

 「そうらしい。キイチが言ってた。前にもこれ学校で吹奏楽部の演奏を見る会みたいのがあった時、やってたの。サンバ調でカッコイイんだ。ドラムソロとかあるから、キイチ張り切ってるみたいだよ。」

 「そうなんですか。聴くのが楽しみです。それにしても、演奏会は3部構成なんですね。ずいぶんたくさん演奏するみたいですけど、練習大変そうですね。」

 イスにもたれて目を閉じていたソメノが、そのままの姿勢で口をひらいた。

 「ウチの学校の吹奏楽部って百人くらい部員がいるんだって。だから、全員がステージに立てるわけじゃないみたい。1年生とか、オーディションがあってコンクールには出られない子もいるんだってさ。それなのに関係ないキイチがちゃっかり出演って、なんか可愛そうだね。まあ、キイチ上手いからなー。」

 その話を聞いてユリカは出られない生徒はいったい何をするのだろうかと思った。ただ見ているだけなのだろうか?年に1回しかない定期演奏会に出られない気持ちってどんなだろうと考えるとまた何やら勝手な想像が働きそうになったが、開演5分前のブザーにそれは阻まれた。

 その音に促されて人々の流れはホールへ向かい始めた。3人もその流れに乗ってホールへと向かう。そしてホールへ入った瞬間、その広がりのある、荘厳な空間にユリカはしばらく見とれた。

 2階席を含めると1800人を収容できるホールはかなりの奥ゆきを感じさせる場所だった。1階席は8割がたが埋まっていたが、ユリカたちのいる2階席はまだ大分余裕があった。舞台には花びらを抽象化した図案の巨大な西陣織の緞帳どんちょうが降りていて、会場はまだ開演前のざわめきで満たされていた。

 なだらかな傾斜を持った1階席を見下ろしながらユリカはそこにいる人々の人数がざっと千人であることに気がついた。

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