第108話

 ・・・どのくらい泣いていたのだろう。

 よくもまあ自分でもこんなに泣き続けることができるものだと感心するくらい、涙が出続けた。ブレザーの袖はびしょびしょになり、“つれづれの流れにまさる涙河”が思い浮かんだ。

 壁の時計を見ると7時を回っていた。かれこれ30分以上はここで泣き濡れていたのだ。

 ようやく涙も枯れ果て、気持ちも少し落ち着いてきたのでユリカは深呼吸をひとつした。その途端におなかがギュウと音を立てた。

 今まであんなに悲嘆にくれ、涙を流していたのに・・・。彼女は思わずふふふと笑ってしまった。

 ――どんなに悲しくて、つらいことがあっても、人間っておなかがすくんだ・・・

 ユリカはポケットティッシュを出してはなをかみ、またひとつ深呼吸をした。

 ――ユリカ、元気を出せ。こればかりはどうにもならないよ。わたし、初めて失恋したんだ・・・。こんな気持ちになるんだな・・・。万葉の昔から、ひとはみんなこういう心の動きを歌にしてきたんだ。わたしもいつか詩に書こう。

 その時アイフォンが鳴った。マヤからだった。泣いている最中じゃなくてよかった、と思いながらユリカは電話に出た。

“ユリカ、どこにいんの?もう、早く来ないと後夜祭終わっちゃうよ!え?寝てた?どこで。部室でって。何やってんのよ。疲れたのね・・・うん、アタシは平気。早くおいでよ。なに?お腹すいたの。そうか、何も食べてないんだよね。じゃ、みんなで新宿にご飯食べに行こう。打ち上げしなきゃね!おごってあげるよ。いいっていいって!”

 通話を切ったユリカはうーんと背伸びをして、テーブルに置いたメガネをかけた。夜の暗さとメガネのおかげで、泣きはらした目はなんとか誤魔化せるだろう。マヤたちのところへ行こう。

 ――仲間がいてよかった。いい人たちばかり。みんな大好き。しばらくは落ち込むかもしれないけど、わたしはみんなと一緒にいるからきっと大丈夫。そうだ、できるだけ楽しいことを考えよう。昼間の倉田君たちの話を思い出そう。そうだ、西川さんのオーディションで笑わしてもらおう。元気をもらおう!

 制服に着替え、軽音楽部の外へ出ると、夜風が冷たかった。

 何故だかわからないが、ユリカは自分が生まれ変わったような気がした。

 校庭に向かって歩き出す。思いのほか、足取りはしっかりしていた。どこまでも行けそうな気がした。

 そのうちに彼女はだんだんと歩調を速めていき、ついには全速力で駆け出していった。

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