第50話

「おーい、大石さん!待ってー」

 新学期初日、文芸部室へ向かって廊下を歩くユリカを美山が呼び止めた。

「あっ、美山さん。わあ、髪切ったんだ。素敵。」

 久しぶりに会う美山は長かった髪を肩のあたりでばっさりと切り落とし、すっかり今時の女子高生の髪型となっていた。髪で覆われていた顔半分を露出して、まるで別人のようだ。

「うん、暑いからついに切っちゃった。今から部室に行くんでしょ。一緒に行こうよ。でもさあ、みんな来てるかな?なんかすごい台風来るんだってね。今日の夜あたりから相当荒れるらしいよ。」

 ユリカは窓の外を眺めた。9月初旬の薄曇りの空からはまだ雨は落ちてはこないが、窓を揺らす風が次第に強さを増しているようにも思えた。こんな季節にふさわしいのは藤原敏行の


 秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる


 かなあ、でも、台風じゃちょっと風強すぎるかなとユリカはぼんやり思った。

 例の一件以来、ユリカは美山と急速に親しくなっていた。ちょくちょく連絡を取るようになり、ユリカはお気に入りのアーティストや曲を教えたり、本を紹介したりした。デスピノの予選通過を報告すると、とても喜んでくれた。

「大石さんに教えてもらったナインインチネイルズ、すごいハマったよ。もうトレント様!って感じ。特に『ハピネス・イン・ザ・スレイヴァリー』の放送禁止のビデオ、ネットで何回も見ちゃった。裸の男の人が機械で拷問されて血がドバドバ出て・・・」

「うわあ、よく見られたね。そんなのわたし絶対無理。曲はかっこいいんだけどね。」

「でも、『ゲイヴアップ』なんてもっとすごかったよ。冷蔵庫の中に生首が・・・」

「いやー!もうやめて!」

 ユリカは耳をふさいだ。

 その様子を見て笑っていた美山はユリカのリュックについているアンペルマンに目を留めた。

「これなあに?可愛いじゃない。」

 ユリカはそう言われて嬉しくなり、須永がバイト先に来てこのキーホルダーをくれたことをウキウキした様子で告げた。

「でも大学の見学の帰りだからって、わざわざ寄ってくれたってことは・・・先輩、わたしだけにくれたのかなって思って。まさかね。」

 ユリカはつい言わずもがなのことを漏らしてしまった。

 するとそれまでユリカの話を黙って聞いていた美山は急に立ち止まった。

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