第49話

「あーあ、それにしても、いよいよ来週からまた学校かあ。」

 倉田は伸びをしながらそう言って口を閉じた。

 倉田の話が終わると、休憩室は突然静寂に包まれた。店の外からは子供がやっているのであろうか、

「ジャンケンポーン!あーいこでしょ!ズコー!」

 というゲームの声がかすかに聞こえてくる。

 しばしの沈黙のあと、倉田が思いきったように

「あのさあ」

 とユリカに話しかけた。ユリカは何かと思い、倉田の方に顔を向けた。

「あのさ、あの・・・今度さ・・・」

 と言いかけた直後にドアがバタンと開いたので2人は同時にそちらを見た。

「大石さん、お客さんだよ。男の人。超イケメンだよ。」

 店長がニコニコしながらユリカを呼んだ。ユリカには見えなかったが、倉田の表情はかすかにこわばった。

「男の人ですか・・・?」

 誰なのか見当がつかないまま店に出たユリカは心臓が止まるほど驚いた。水色のフレッドペリーのポロシャツを爽やかに着こなした須永がカウンターの前に立っていた。

「須永先輩!どうしたんですか!え!え?なんでここに?」

 ユリカはみるみるうちに顔が赤くなった。しかしそんなユリカに頓着とんちゃくなく須永は

「いやあ、中央大のオープンキャンパスでさ、たまたま来たんで寄ってみたんだ。元気だった?バンドどうなったの?」

 と相変わらずののんびりした調子で話している。

「あ・・・はい、予選通過しました。来月野音に出ることになりました。あ、あの、先輩こそお元気でしたか?」

 聞きたいことが山ほどあるのに、あまりに突然のことでユリカはうまく話すことができない。そこに店長が割って入ってきた。

「大石さん、学校の人?彼氏じゃないの?」

 誰でも彼でも異性の友達をすぐに彼氏彼女呼ばわりする店長の無神経さが嫌だったが、ユリカはぐっとこらえて

「い、いえ文芸部の先輩です・・・。」

 とかろうじて答えた。後から休憩室を出てきた倉田はユリカと須永をちらと横目で見て

「店長、オレ外の品出ししてきます・・・」

 と言って外へ出て行った。

「あれえ、なんだか倉田くん元気がないねえ。」

 店長は不思議そうに言った。

「昨日徹夜したらしいですよ。」

 ユリカは倉田がさっき何か言いかけたことなどすっかり忘れて、そう店長に説明した。しかしユリカはそれどころではなく、久しぶりに須永の顔を見てすっかり舞い上がっていた。

「いつお帰りになったんですか?」

「5日くらい前かな。色々面白かったよ。あ、そうそう、これ渡そうと思って。はいお土産。」

 そう言いながら須永は緑色のキーホルダーを取り出した。

 手渡されたそれは、ハットをかぶった人間がまるで「ちょうだい」をしているようにデフォルメされた格好をしていた。とても可愛らしい色使いと形である。

「わあ、ありがとうございます!とっても素敵です。」

 ユリカは須永が自分にプレゼントをしてくれたことが心底嬉しかった。

「これはねえ、アンペルマンって言って、ベルリンの交差点にある歩行者信号のキャラクターなんだ。なんか物乞いしてるみたいだけど、いちおう歩いてる格好なんだよ。」

「そうなんですか!うれしいです。リュックにくっつけます。わぁーうれしいなあ・・・あっ、それはそうと、原稿ははかどりましたか?」

「いやあ、遊んじゃって、あんまり。来週の編集会議にはなんとか間に合わせたいとは思ってるんだけどさ。」

「ああっ、来週会議やるんでしたっけ?わたしこそ何も書けてません。何か書かなきゃ・・・」

「そんなに焦んなくてもいいよ。どうせ大沢がたくさん書いてるだろうし・・・」

 ユリカはこのままいつまでも須永と話したいと思っていたが、あいにくと店が混み合ってきた。須永はそれを察して

「そろそろ帰るよ。バイト頑張ってね。じゃあ来週。」

 と言い残してユリカに手を振り、改札へと向かっていった。

 ユリカはアンペルマンを握りしめ、満ち足りた気持ちで須永の後ろ姿を見送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料