第48話
「それにしても予選通ったってすごいんじゃないの?」
「うん、でも、本当に倉田くんが送ってくれなかったら危なかったよ。来月はいよいよ野音で決勝なの。あー信じられない。わたし、人生2回目のライヴが野音だよ!本当にありがとう。そうそう、これ、お礼。」
ライヴ2日後、ひかり堂の小さな休憩室でユリカは感謝の印の小さな紙袋を倉田に手渡した。
「何、これ。別にそんなのいいのに。」
「ううん、もらって。大したものじゃないんだけど。」
「開けていい?」
「どうぞ。」
袋の中からは黒革で作られた
「うおっ、カッコイイ!サンキュー。おしゃれじゃん。」
「良かった、そう言ってくれて。男の子ってどんな物がいいのか分からなくって。」
「いやいや、嬉しいよ。ありがとう。」
そう言って倉田はブレスレットを手にはめたり外したりしていたが、ふいに大きなあくびをひとつした。
「あーねみい。」
「どうしたの。そういえば、なんか今日はぐったりしてるじゃん。」
「昨日さ、ほとんど徹夜なんだよ。西川の家に泊まって。もう1人、相田って奴がいて、3人で夜中まで釣りしててさ。」
「釣り?」
「うん。最近、俺らの中でちょっとした釣りブームが起こってさ。釣りっつったって、
「へえ。鯉って釣れるの?」
「吸い込みっていう針に、ダンゴのエサをくっつけて、ただ川に投げて、あとはほったらかし。だから簡単なんだよ。西川の家は国領で多摩川が近いから、よく行くんだ。調子がいいと一時間に1匹くらい釣れる。でも、釣れたら釣れたで、鯉、気持ちわりーの。だから、釣ったくせにイヤイヤ触って針外して、力いっぱい川に放り投げるっていう。くるくる回転しながら2~30mは飛ぶかな。」
「何やってんの。優しく帰してあげなよ。」
「そんなのはまだいい方でさ、昨日はもっとひどかった。」
「ひどいって?」
そこで一旦倉田は大あくびをして、目をこすりながら話を続けた。
「いやあ、夜の11時頃かな、西川がワイン出してきて、飲み始めたんだ。」
「あー、いけないんだ。」
「まあまあ。他の人には黙っててよ。そんで結構みんな酔っ払っちゃってさ、突然西川が釣りに行こうとか言い出したわけ。でも面倒くさいからいいよ、って言ったらさ、
『いやあ、夜釣りでしょ!夜釣り!夜釣り隊結成でしょ!夜釣り隊!夜釣り隊!行き!行き!』
って最後の方はもう裏声になって騒ぎ出したんだよ。でさ、最初は面倒だった俺らもさ、夜釣り隊結成なら行かなきゃ!とか思い始めて。」
「あはは、訳わかんない。」
「酔ってるから、何でもオーケーになってさ。それでみんなで釣竿持って夜の多摩川まで行ったわけ。真っ暗だから明かりが欲しくてさ、そのへんの木切れを集めて
「ええっ、昨日って結構暑かったでしょ。それなのに焚き火なんかしたの。」
「うん、超暑かった。しかも結構な量を燃やしたから火柱みたいになってさ、あれ警察とかに見つかったらタイホされてたな。」
「ムチャするねー」
「そのうちにさ、西川と相田にアタリがあって、2人とも釣れたんだよ。でも釣れたのは鯉じゃなくって、なんか気持ち悪い魚なんだよ。」
「気持ち悪い魚ってなによ。」
「相田が言うには『ニゴイ』っていう種類の魚らしい。鯉よりも一回り小さくて色も薄くてさ、顔が長くて気持ちわりーの。でも1匹は1匹だからさ、釣れると嬉しいわけ。そんで奴ら
『ニゴイ燃やすでしょ!』
とか言って、ニゴイを焚き火の中に放り込みやがってさ。」
「きゃー残酷う!」
「とかいいながら笑ってんじゃん。そんでしばらくびちびち跳ねてたんだけど、すぐに焼けてさ。これ食えるかな?とか言いながら見てたらさ、急にパン!ていう音がして破裂してさ!」
ユリカはヒドイことするなと思いながらも笑いが止まらなかった。
「どうやら浮き袋が破裂したみたいでお腹から白い何かが出てた。」
「気持ち悪いよ。」
「うん。俺もそれ見て少し酔いが覚めたよ。で、結局俺だけ釣れなくて、ボウズさ。釣れなかったことボウズっていうのは知ってる?」
「あー、なんとなく知ってる。」
「それで奴ら俺が釣れなかったことをスゲー馬鹿にしてくるんだよ。
『なに、ヨウスケ、ボウズ?ボウズ?僧!僧!』
ってさあ。」
「面白いねえ」
「あんまり僧!僧!って言われるんで、俺まだ少し燃えてる焚き火の上にさ、修行僧として訳わからないお経とか唱えて突っ込んだよ!」
「アハハハハ」
「そんで2人ともゲラゲラ笑ってるからさ、俺も調子こいてまた『ファイアー!』とか叫んで火の上でしばらくいたらさ、靴が燃えてやんの。」
「えぇ?ヤケドとかしなかった?」
「いや、別にそこまでじゃないから。でもその時は超焦って、そのまま川に飛び込んで靴ずぶ濡れ。」
「男の子ってバカだねー」
ユリカは半ば涙を流しながら大笑いをした。倉田の話にはいつもハズレがない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます