第47話

 ――今までの練習の成果を披露するんだ。ギターを弾くわたしをみんなに見てもらうんだ。大丈夫。わたしはできるはずだ。

 バンドは準備万端整った。いつでも始められる。

 狭いステージ上では審査員兼司会者で、名前を聞いたことがないプロのギタリストなる人物がマイクを持って進行を始めていた。

「えーエントリーナンバー3番、デスピノの皆さんでーす。」

 そう言った途端、観客からは大きな声援が起こった。バンドコンテストの予選としては異様な盛り上がりである。司会者が続ける。

「うわーすごい人気だね!えーこう見ると、ギターの3人は美人ぞろいですねー。制服姿もかわいらしい。しかし、それにだまされちゃあいけません。彼女たちが演奏するのはなんと!メタリカです!すごいねー。この絵ヅラだけ見ると、まったくそんな気配は・・・無くもないか。なにせそれぞれ持っている楽器がすごいよお。わかる人にはわかるけど、リッケンバッカーにエクスプローラー、それにメガネの彼女はなんか怖い人がペイントしてあるギターです。それ、ESPだよね?これだけでも本気度が違いますね!」

 ユリカはそんなことはもういいから、早く演奏させてほしいと思った。ギターを弾きたい。

 相変わらずしゃべり続けようとする司会者にマヤが割って入った。

「あのーもう始めてもいいですかあ?」

 観客もブーイングで同調する。司会者は決まり悪そうに言った。

「あっ、はいはい、ゴメンネ!おしゃべりが過ぎたようです。それではエントリーナンバー3番、デスピノでマスターオブパペッツです!どうぞ!」

 キイチも待ちきれなかったのか、「ぞ!」の部分ですでにカウントを入れていた。


 ダン!ダッダッダー!


 何百回と合わせたマスターのリフをデスピノは観客に向かって炸裂さくれつさせた。凄まじい音圧にライヴハウスは飲み込まれた。そしてそのままマヤはザクザクといつも以上にエッジの効いたダウンピッキングでメインのリフを刻む。ユリカ、ソメノ、キイチはそこに叩きつけるがごとく音を重ねる。

 バンドは爆音の塊を、エイトビートに乗せ踏み鳴らし始めた。そしてフロントの3人は完全にシンクロしたヘッドバンギングを展開した。狭いステージ上で長髪の女子高生3人が脇目もふらずに頭を振る姿は、見る者全員に強烈なインパクトを与えた。

 ユリカはただギターを弾くことに、バンドで演奏する喜びに陶酔していた。ふと目の前を見れば、沢山の人間が自分たちの演奏に感動している。男子も女子も、狂ったようにサイリウムを振ったり、拳を振り上げたり、ヘッドバンギングをしたりしている。ヘビーメタルが若い彼らのエネルギーを増幅し、新たなうねりを生じさせる。まるで荒れ狂う嵐の中で演奏しているようだ。そしてその嵐の中心に自分たちがいた。

 激しい前半のパートが終了し、曲は格調高いツインリードのハーモニーへと流れ込んだ。ユリカは一音一音丁寧にメロディーを描き出した。その旋律はマヤの奏でるそれと一体化し、このうえなく美しい響きを作り出す。同時に観客もそのメロディを歌い始める。気がつけばユリカは涙をひと筋流していた。この瞬間、彼女はバンドとひとつになり、そのバンドは観客と一体化していた。この空間にいる全員が素晴らしい体験を共有している。それがユリカにはかけがえのないことだと思え、涙が落ちたのである。

 マヤとユリカのツインリードが終わると、曲は荘厳なEコードによる、八分音符のズンズンズンズンという橋渡しを経て劇的に後半へと入る。ユリカの担当するソロパートへとつながる重低音のリフと、キイチのバスドラとフロアタムがまるで地響きのようにホールを揺さぶる。

 マスター!マスター!

 全員がそのリフに合わせて合唱する。

「みんなもっと叫べー!」

 マヤがよりいっそう激しく頭を振り、観客もそれに応えてより激しく叫ぶ。

「マスター!マスター!ラフィンアットマイクラーイ!」

 この歌詞を合図に、いよいよユリカのソロだ。

「ギターソロ!ユリカ!」

 マヤの号令と同時にユリカは渾身こんしんの力を込めてソロをスタートさせた。何年も弾き続けてきたこのカークハメットの個性的なソロワークを、ユリカは目をつぶってでもプレイできた。指が自動的に動き、猛禽もうきんの吠えるようなピッキングハーモニクスでメリハリをつける。旋律とともに体が勝手に動く。姿勢を低くして高音をかき鳴らす。そして観客に向かって自分のテクニックを見せつけるようにステージ前ギリギリまでおもむき、トレモロを開始した。ユリカの前にいる全員が両手を伸ばす。ギターの音が渦を巻き、その渦に飲み込まれて、まるで底なしの淵にぐるぐると沈み込んでいくような感覚が彼女を包み込み、その深みと轟音の中で指を動かし続けた。

 全員がまるでギターで雄叫びをあげているようなユリカのソロに引き込まれていた。うわあああっといううめき声とも叫び声ともつかない声が観客の中から湧き上がっている。そしてそれがユリカに新たなエネルギーを与える。最後のチョーキングに至ったところで、そのあまりの激しさに1弦がぶちっと切れた。ユリカは一瞬狼狽したがソロはここで終わりであり、1弦はもう使わない。あとは低音弦のリフのみである。ユリカはチューニングの狂いを気にしつつそのまま弾き続け、怒涛どとうの勢いで曲は終わりを迎えた。

 抜群のパフォーマンスで演奏されたマスターオブパペッツが終了した瞬間、観客たちはまだ夢の中にいるような感覚にとらわれていた。

「ユリカぁー!素敵!」

「マヤさーん!」

 あちこちから上がる声がそのうちにだんだんと一つの形をつくっていく。

「・・ピノ!デスピノ!デスピノ!」

 デスピノコールが収まらない中、メンバーは控え室へと戻る。

「お疲れ様!すごいっすね!」

「お疲れさまです!ギタームチャクチャ上手ですね!」

 次の出番を控える同年代の男子にそう声をかけられ、誇らしいやら恥ずかしいやらでユリカは赤面した。

「ユリカ!すごかったね!今までで一番のソロじゃない?」

 ソメノがシールドを丸めながら言った。キイチも興奮冷めやらぬ様子である。

「俺、何かずうっと鳥肌立ってるんだけど。ねえ、マヤ姉、ほらほら」

「やめてよ、キモいから。でも確かに今日はみんなベストの演奏だったね。」

「でも、ソロの最後で弦が切れちゃいました。最後でよかったです。」

 演奏直後のテンションがまだ続いているユリカは、頬を上気させてマヤに報告した。

「あーホントだ!でもアタシ、ユリカ終わったら泣くかと思ってたけど、平気だね。」

「いえ、途中のツインリードのところで泣きました・・・」

 それを聞いたみんなは一斉に笑った。ユリカも笑った。最高の瞬間だった。自分は確実に生きて、その生を充実したものにしているとユリカは確信した。

 デスピノは予選を通過した。

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