ファイト・ファイア・ウィズ・ファイア

第46話

 控え室というにはあまりに狭い、2畳ほどのステージ横のスペースでデスピノの4人は次の出番を待っていた。

震える手でチューニングを済ませたユリカは、ソフトギターケースのサイドポケットからディレイとオーヴァードライブを取り出し、シールドでつなぐ。

 隣のステージでは2番目のバンドがユリカの知らないJポップの曲を演奏している。

「ギター下手だね。」

 ソメノは率直な感想を口に出した。

「ドラムもリズムめちゃくちゃじゃん。」

 キイチが相槌を打った。

 マヤはエクスプローラーでリフを弾きながら言う。

「まあ、ほら、リハ見たかぎり、ここに敵はいないから。他のバンド、うちらのリハ見てビビってたもんね。これにユリカが入れば鬼に金棒・・・あれ、ユリカ、震えてるよ。大丈夫だって!練習どおりにやろ。」

「は、はい」

 初めてのライヴに望んでユリカは極度の緊張状態にあった。リハーサルに参加していれば多少はそれも薄らいだかもしれないが、いきなり本番である。ノドがカラカラだ。動悸もいつもよりはかなり速い。ユリカは万一があってもメガネが落ちないようにメガネバンドを装着した。

 ソメノはステージと控え室を仕切るカーテンから、ちらりと客席の様子を覗いてみた。演奏中のバンドの前にはぽっかりと空間があいていた。

「みんなー!もっと前来てー!」

 ヴォーカルの呼びかけもむなしく、ステージ前は閑散としたままで、観客は遠巻きに観ている。

「あんまり友達いないのかな、このバンドの人達。」

 ソメノはそう言って仕切りを閉じた。

「ぞーもありぃがツォー!」

 不自然な発音の「どうもありがとう」と共に不安定な演奏が終わり、同年代の男子高校生が四人、楽器を抱えてステージから降りてきた。ただでさえ狭い控えスペースはさらに窮屈きゅうくつなものとなる。

「おつかれさまでしたー」

「おつかれさまー」

 マヤとソメノは次々と出番を終えたバンドのメンバーへ声をかけている。

「お、おつかれさまです・・・」

 ユリカもマヤたちにならって声を掛けた。演奏が納得いくものでなかったのか、声をかけられた彼らは会釈を返しただけであまり浮かぬ顔をしていた。

「さ、ユリカ、いくよお!」

 マヤに促されてユリカはギターとエフェクターを抱えステージに上がった。途端に嬌声が上がり、どきっとした。ステージ前は先ほどとうって変わって、デスピノのファンでぎゅうぎゅう詰めだ。例のごとく、皆サイリウムを振りかざしている。少なくとも50人は超えているだろう。

「マヤさーん!」

「ソメノさあん!」

「ユリカ!がんばってー!」

 川野かユキナであろうか。それとも、知らない誰かか。ユリカは自分の名前が呼ばれて不思議な気分になった。つい何ヶ月か前は、呼ぶ側で見ていた彼女である。それが今やデスピノのメンバーとして初めてステージに立っている。

 このライヴハウスの舞台は観覧スペースより50センチほど高くなっており、観客を見下ろす形になっていた。皆期待に満ちた目でこちらを見ている。緊張はいよいよ高まる。

 ユリカはアンプにシールドを差し、音が出るか確かめてみた。おかしい。音が出ない。ユリカは焦った。ツマミを動かしても無音である。

「マヤさん!音が出ません・・・」

「え?マジで?」

 すでにエクスプローラーから爆音を響かせているマヤはユリカにそう耳打ちされて一緒にアンプを見てくれた。

「ユリカ、ボリュームが上がってないよ。ゲインしかあげてないじゃん。ほら。」

 とたんにユリカのアンプからぶあーんと大きな音が飛び出した。

「緊張しすぎ。リラックスしなよ。」

 かちこちになっているユリカの肩をマヤの両手がやさしく包む。

「はい。大丈夫です。がんばります。」

 ユリカは深呼吸してから、アンプに向き直った。高音、低音のツマミを調整し、音色を作り始める。ディストーションギターの暴力的な響きがユリカに落ち着きを与えてくれる。セッティングを終え、軽くアドリブソロを試してみる。そのとたんにどよめきが起こり、会場の空気が明らかに変わった。皆、このメガネの少女がこれほど切れ味の鋭いテクニックを持っているとは思ってもいなかったのだ。

「スゲエ、なんだあのギターのコ!」

「上手だねー」

「びっくりしたあ」

「ユリカってあんなにギターうまいの?」

 あちこちから切れ切れに聞こえてくる自分のプレイへの賞賛が静かな自信となって、ユリカの緊張は次第に薄れていった。不安感が引き波のように去ると同時に、一刻も早く演奏を始めたいという余裕が生じてきた。

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