第45話

 清々しい井の頭公園の通りを抜け、緩やかな坂を上りきると交差点の信号にある「吉祥寺駅前」の表示がユリカの目に入った。1時45分。なんとか間に合った。そのまま直進してJRの高架をくぐり、すぐに左折して中道通りに入る。吉祥寺フォルテはもうすぐだ。ユリカは倉田の背中越しから頭をひょいと出した。数十メートル先に、人群れの気配があった。ライヴハウスの入口前には車3台ほどが駐車できるスペースがあり、そこにたむろする、開演時間を待つ若い観客たちだった。少なくとも30人はいるだろうか。

 フォルテ前にどどどどどっという排気音を響かせて到着した途端、そこにいる全員が突然現れた二人乗りのオートバイに目を向けた。

 ――うわあ、みんなこっちを見てる、恥ずかしい・・・

 しかし恥ずかしがっている場合ではない。一刻も早くみんなのところへ行かなくては。

 「ありがとう!倉田くん。ほんっとうにありがとう!」

 ユリカは何度も礼を言いながらヘルメットを脱ぎ、エンジンを停止した車体から降りるとギターを倉田から受け取る。すると、こちらを注視していた一団の中から

「あっ!ユリカ!」

 と声を上げるものがあった。

 振り向くとクラスメイトの川野だった。他にもユリカの知った顔がちらほらと見えた。ユリカの派手な登場に驚いている様子だったが、すぐに駆け寄ってきて

 「ねえ、これからライヴやるんでしょ?ギリギリじゃん。マヤさんたち待ってるよ!ねえねえ、この人、ユリカの彼氏?」

 「えっ?ああ・・・えーと」

 到着するなり思いもよらないことを言われ、暑さと疲れと焦り、そして振動をいまだに感じているユリカは上手く答えられずにへどもどした。倉田の顔色をうかがおうとしたが、ヘルメットでよくわからない。すると今度はユキナが現れた。

 「ユリカちゃん!?良かった!下でみんな待ってるよ!バイクに乗ってきたの?えー誰々?」

 そうこうしているうちにユリカと倉田とSRの周りはちょっとした人だかりとなり、黄色い声が次々と飛び交った。倉田は思いがけず女子高生の集団に囲まれ、たじたじになった。

 「ユリカ!来た!」

 突然、ライヴハウス入口からマヤが現れ、大声で叫んだ。それを合図に、女生徒の群れはまっぷたつに割れた。そしてマヤは後ろにソメノとキイチを従えモーセよろしくその真ん中を進んだ。

 「よかったあ。ドキドキしたよ。リハは終わっちゃったけど、出番は3番目だからまだ大丈夫だよ。なあに、このバイクで来たの?すごいじゃん。誰?」

 「中学の同級生なんです。バイトが一緒で、棚卸で間に合いそうになかったから、送ってくれたんです。」

 何回か繰り返された質問にようやくユリカは答えた。

 へえーとみんなが声を上げる中、先程から居心地の悪さを感じていた倉田は

 「じゃあな、大石、頑張って。また今度な。」

 と言ってスターターをキックし、エンジンを始動させた。マヤたちに目礼をし、ユリカには一瞬手を振った。

 ユリカは何か言おうとしたが、すでに倉田は車体を滑らかに発進させていた。そしてすぐに熱気にあふれる路地をアクセル全開で走り出した。

 鋼鉄のマシンはオイルの匂いと、今ではすっかり親しいあのどどどどという音を残して視界から消えた。

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