モーター・サイクル・マン
第25話
「だからー、2次関数はy=ax2+bx+Cだろ。そこに、この値を代入して連立方程式を作ればいいんだよ。そうしたら、えーっと」
倉田の計算をユリカはさえぎった。
「あっ、分かった分かった!y=2x23bx+5になるんでしょ。」
「そうそう、やっとできたじゃん。」
「ありがとう!なんとかテストいけそう。再来週の期末で赤点とったら、夏休みは補習の嵐なんだ。」
ひかり堂の狭い休憩室で数学のチャート式問題集を閉じたユリカは、両腕をバンザイしてどさっとパイプ椅子に背をもたせた。その隣で今までユリカに数学を教えていた倉田は自分のトートバッグをあさり、1冊のワークを取り出した。
「なにやりきった感じになってんの!今度はオレの番だよ。古典が全然わかんないんだよ。」
倉田はユリカの前に『土佐日記』の問題を突きつけた。
「しょうがない、教えてやろっかなー」
数学を終えたユリカはぞんざいな態度になり、メガネを外してレンズを拭きながら言った。ユリカのメガネを外した顔を初めて見た倉田は、意外な感じを持った。
――あれ、大石って結構目が大きいんだな。
「オレ、大石のメガネとった顔初めて見たわ。そんな顔してたんだ。」
そう言われたユリカはなんだか急に恥ずかしくなってあわててメガネを掛けた。
「そんな顔って、どういう顔?どうせ変な顔でしょ。」
「いやいや、そんなことないよ。メガネない方がいいんじゃない?コンタクトにしないの?」
「ううん、だって、なんだか怖くて。痛そう。それに面倒くさいし。まず、眼科にいくのもおっくうだしね・・・現状維持でいいんだ。」
「ふーん、そんなもんかね。つうか、ひとつも問題やってないじゃん。あのさ、これいきなりわかんないんだ。」
男もすなる日記といふものを女もしてみむとてするなり。
「この「なる」と「なり」の違いを文法的に説明せよって、どういうこと?さっぱりワカンネ。」
倉田は清潔感あるショートヘアのてっぺんを、かりかりと掻いた。その仕草を見ながらユリカは、高校生になって倉田はきっと色々と成長したんだろうな、という思いを持った。彼の顔つきはあどけなさが抜け、精悍なものに変わってきていた。週4でアルバイトをこなし多くの経験を積んだからか、物腰にどこか大人びたところが出てきていた。
一方ユリカも4月から伸ばし始めた髪が肩まで届いていた。彼女は自分も倉田から見れば、いくらか成長したのだろうかと思いながら講義を始めた。
「うーん、どこから説明すればいいのかな。まずほら、この助動詞の活用表を見て。接続ってあるでしょ。これは上にどの活用形が来るのかっていう意味なの。「む」は未然形にくっつくし、「けり」は連用形にくっつくってこと。これ、全部覚えないと古典無理だよ。それでー、「なり」はさあ、よく見ると2つあるでしょ。ほら、「伝聞・推定」の「なり」は終止形につくって書いてあるでしょ。そんで、「断定」の「なり」は連体形につくわけ。それを覚えた上で、さっきの「すなる」と「するなり」なんだけど、「す」はサ行変格活用の終止形でしょ。それは、わかるのね。で、「する」は連体形。だから、「すなる」は終止形についている「なり」だから、「伝聞・推定」の助動詞の連体形だよ。「男もするという」って意味。それで、「するなり」は連体形についている「なり」だから、「断定」の「なり」の終止形なわけ。「するのである。」って感じかな。これをきちんと説明して、文法的な説明になるんだよ。」
よどみなく古典文法を説明するユリカを、倉田はぽかんとした様子で見ていた。
「お前、頭の中に辞書入ってんの?高校の先生よりスゴイんだけど。」
「別に。小5くらいの時に、どうしても『源氏物語』が読みたかったんだけど全然無理で、少しずつパパに古典文法教えてもらってたら覚えちゃった。」
「なんかお前のパパ凄いな。ギターとか古典とか・・・俺んちなんか毎日遅く帰ってくるし、休みの日もほとんど家にいないし、親父はなんだかよその人みたいな感覚だぜ。」
「うーん、ウチは小さい頃からパパが家にいる時間は比較的長かったから。大学の休みは長いし、わたしは1人っ子だからものすごく可愛がってくれた。わたしの趣味はかなりパパの影響が大きいの。だから実はママよりもパパの方が好きかも・・・ってこれ内緒だけどね。別にファザコンじゃないよ。」
その後いくつかの覚えるべきポイントを倉田に教えてやって、ようやく『土佐日記』を終わらせた。
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