第62話

 1000部を裏表で数十ページも印刷するとなると、それなりに時間がかかる。ユリカは相変わらずがたんがたんと震えながら仕事を忠実にこなしている印刷機を眺めるのにも飽きて、部誌の元原稿をぱらぱらとめくってみた。自分の詩が冒頭に来ているのは今でも恥ずかしく、一方では誇らしい。結局『満月』と『事象の地平線』のみの2篇しか載せられなかったが。

「ねえユリカちゃん。いよいよ決勝なんでしょ。」

 横井にそう言われてユリカは明後日に控えたコンテストの決勝のことが頭の中いっぱいに広がった。

  ――うまく演奏できるかな・・・確か二千人くらいの人が観に来るっていう話だし、それを思うだけでどきどきする。それより何よりコウタロー先輩大丈夫かしら。あの時はマヤさんがああ言ったから賛成したけど、あんなもの着て転んだりしたら大変じゃないのかな・・・。

 そんなユリカの心配をよそに、横井が目を輝かせて言った。

「ねえねえ、ユリカちゃん、そのコンテストの審査員ってベルスパークスの大谷さんなんでしょ!」

 ベルスパークスは去年メジャーデビューし、現在猛烈な勢いで人気を上げている四人組のロックバンドだ。すでに武道館公演を成功させ、何度かテレビの音楽番組に出演もしている。

「そうなんですよ!しかもちゃんと最後に演奏するんです。なんでも高校生のバンドだけが出ても集客できないからゲストに呼ばれているらしいんですけど。でも間近でプロの演奏が見られるなんてラッキーです。うまくすればリハから見られますから。サインは・・・難しいですかね。」

「サインはいいけど、写メとってよ。あれ、テレビにも出るんだっけ?」

「ええ、CSの音楽チャンネルですけど、優勝バンドはまるまる一曲放送されるんです。そのために、わたしたちもう死に物狂いで練習しました。とにかく1000人学祭に集めないと大変なことになりますから。」

 そんな話をしているうちに印刷機はついに最後の一枚を刷り終え、突然沈黙した。心地よい静寂が訪れる。

 未だに残暑が厳しい中、かすかに秋の風吹く窓の外では、夏の盛りを逃したツクツクボウシがなんとか遅れを取り返そうとするかのように最後の力を振り絞って鳴いていた。



 コンテスト決勝当日は快晴だった。

 ユリカは5時半に目が覚めてしまった。神経が昂ぶって、もうそれ以上は布団にいることができなかったので、とりあえずギターの練習をすることにした。制服に着替え、鏡の前で弾きながら様々なポーズをとったり、軽くヘッドバンギングをしたりするユリカ。なにせ二千人の前で演奏するのである。

 学祭の目標人数よりも多いのだから、いい度胸試しになる、とバンドのみんなは言っていたが、ユリカは2度目のライヴでいきなりの大舞台である。緊張しないわけがない。その緊張をほぐすためには、ギターを弾くしかないことはユリカが一番よくわかっていた。ギターに身を任せれば、それに集中して人のことは気にならないことを知った今では、初めてのライヴの時に比べると若干気が楽であった。

 朝食の時、パパが言った。

「ユリカ、今日はパパもママも楽しみにしているからさ。なんつってもユリカが野音にでるなんてまだ信じられないよ。手持ち看板持っていこうかな。でっかくYURIKA!って書いて。」

「やめて、パパ。来てくれるのは嬉しいけど、あんまり変なことしないで。出番は一番最後だから、そんなにすぐ来なくてもいいよ。パパはいいとしても、ママはつまんないんじゃない?」

 ユリカに今日に至るギターの道筋をつけたパパは、久しぶりにライヴ会場に行けるとあって、なんとなく浮き浮きした様子であるが、その趣味のないママはどちらでもよさそうであった。

「私はユリカのだけ見ればいいんだけど、パパが最初から色々見たいようだから、それにつきあうわ。何時からだっけ?」

「2時から始まって、5時くらいに終わるのかな。最後にベルスパークスが演奏して結果発表なの。あー緊張する!」

 砂糖とミルクのたっぷり入ったコーヒーを飲み干してユリカは再び自分の部屋へギターの練習に戻った。

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